2009年7月 9日 (木)

南アルプス号 高遠、長谷も存続要望

先日 高速バスの「南アルプス号」の存続に向けて 高遠、長谷の皆さんがJRバス関東本社や他のバス会社を訪問したと言う記事がありました。

このバスは私が住む箕輪町にも松島というスーパーのジャスコ前に停車しとても便利な高速バスです。しかし乗車人数はほとんど一桁で、中央道の箕輪バス停に止まる便の乗客数と比すれば大きく異なります。同じ新宿行きなのに何でこんなに違うのかと思うほどです。
しかも中央道の箕輪バス停の駐車場は恒常的に満車ですが、ジャスコ前のこの路線の駐車場は車はあっても2~3台くらいでがらがらの状態です、もちろん無料です。そして送り迎えをしてもらう利用者が迎えの車を待つとしてもすぐ前にあるジャスコの中で待てば雨にも降られません、ですからか迎えの人も慌てて時間通りに行く必要もありません。良いとこずくめですがなぜかこの路線には人は乗りません。

それにこれこそ知る人ぞ知る「裏ワザ」ですが、駒ヶ根・飯田 新宿線では使えない学割がこの線では使えます。なぜなら元もとこの路線はJRバスの路線でしたからその延長で学割がきくのです。と言う事は学生の帰郷や受験などの上京・帰郷をしたりするには格安で利用できるのですがそれにしても利用者はほとんどいません。
そして終点である新宿駅では南口のバスターミナルに着きますから、そのまま階段を上がればJRにすぐ乗れます。駅前に着く従来の路線より遥かに便利になっています。でも人は乗りません。我が家の母などはガラガラで気楽に乗れて良いと好評なのですが・・・・

長谷や高遠の皆さんにとっては伊那まで行って乗車する不便さはあるのでしょうけど、すぐ中央道に乗ってしまう従来の路線に比べて、一般国道を伊北インターまで走るこの路線は時間の点で不便かもしれません。しかし長谷の一ノ瀬から新宿まで乗ったままでいける便利さは高齢者や送り迎え車のない人にとっては便利だと思うのですがこれも違うようです。

こんな便利な路線ですが今月31日で廃止になると言う事です。ではなぜこんなに便利で使いようでは安いのに利用者不足で廃止になってしまうのでしょうか?
それは私は一にも二にもPR不足だと思っています。
1日3便とダイヤが少ないという理由もありますが、それは利用者が少ないゆえであり、第一に理由はこの路線さえ知らない人が多いと言う事です。聞けば私の周りでもほとんどの人はこのバスを知りませんでした。一番便利なはずの箕輪の皆さんでさえ知らないのですから他の地域では推して知るべしです。

廃止が決まってからでは仕方ないのですが、なぜもっと自治体やバス会社はPRにつとめなかったのか解りません。少なくとも3000万円の各社が赤字と言いますが、例えば月に一回年3回各社持ち回りで折り込みチラシを伊那市・南箕輪村・箕輪町 に入れてもせいぜい3万枚程度です。1枚折り込み料金を入れて仮に10円としても30万円。3社運行ですから負担は年間30万円。3000万円も赤字を出すくらいならこれだけの宣伝広告代が捻出できない事は無いのではないかと思います。それに関係各自治体に協力をもらうことはできるとでしょうし、商工会議所・商工会 JA 等地域の各団体に利用促進をお願いすることもできるのではなかったかと思われます。
また利用者にポイント制を導入して10回乗ったら1回無料とか、無料の個人・法人加入の会員制度を作り、会員を増やしたり、一定の利用をしたりした場合はそれに応じてポイントを贈呈し、たまったら長野県の人には東京の名産品を、東京の人には信州の名産品を贈呈するとか様々なアイディアはあるはずです。(法的に公共輸送機関ができるかどうかは解りませんが)

私はこの事からいろんな事を考えました。企業努力をいかにしたのか?地域に対して協力を申し出たのか?行政は企業が言わなければこの状況を黙って見ていたのか?等々です。PRをして知名度を上げるそんな努力をしてきたのか?疑問でなりません。
つまりこういった地域のインフラについてはいつもそう思うのですが、最後に困るのは地域住民であるにも関わらず、土壇場になるまでその状況や内容は誰も伝えず誰も公表しません。それでは遅いのだと思います。
例えば年3回入れるチラシの内容に一度は運営状況のレポートを入れ、このままの低利用率では廃止になりますよと住民に伝える努力をしなければいけないと思います。
そういった努力やアイディアも出さずに赤字だから廃止というのでは、その体質は全く昔の「親方日の丸」的な発想と違わないと思います。そして共同運行している民間2社は恐らくJRにおんぶにだっこ 的な発想でしか無かったのではないかと思います。もう少し穿った見方をすればその2社は既存の駒ヶ根・飯田 新宿線に乗り入れてますから、この路線の廃止は経営上は大きな問題にはならない、むしろ赤字路線の廃止、既存路線の乗車率アップというメリットが生まれるのではないかと思います。

いずれにしても「地域の足を守る」 本当に守る努力をしているのか?似たような問題が起きる度に私は思ってしまします。

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2009年7月 6日 (月)

戦略性のない議会のリニアへの対応

先週終わった長野県議会6月定例会ですが最後に何だか“もやもや”したものを残す議会でした。
それは中央リニア新幹線のBルートでの建設促進を求める県議会の決議が各会派の意思統一ができず見送られましたというものです。
この議会中に行った知事のBルート建設促進を後押しする一般質問の答弁を議会がムダにする内容のニュースでした。言わばかけたハシゴを外すような行動です。

私はこの議会の行動は大きな問題であると思います。
まず始めに基本的には以前にも書きましたがこの20年間(以前には40年と書きましたが私の記憶ではそう思っていたのですが・・・)の地域や県の取組等を踏まえてBルートで進めるべきと考えてます、しかし技術的な問題や社会環境の変化等からCルートという選択も考えられないことはないと思います。しかしあくまでもBルートでの推進を全面に進めるべきと思います。少なくとも過去の経緯から議会はBルートでまとまるべきであると思います。

今回の議会の対応はCルートを進めるJR東海にとって格好の出来事となってしまいました。外から見ると長野県も一枚岩ではない、少なくとも県と議会とはすきま風が吹いていると言う事を見せてしまいました。当然今後はCルートで進めたいJR東海は議会や地域の自治体に揺さぶりをかけCルート建設を周知に事実のように進めるでしょう。
またそれには大きな世論のバックもあります。と言うのは長野県 山梨県を除けば全国民のほとんどは東京 名古屋間の最短距離での直通運転に期待をし、山梨・長野にリニアを停車すること自体を意味がないと言う世論が多数を占めると思います。直接関係ない、そして過去の経緯を知らない人が見ればそう思うのは無理なからぬ事かもしれません。そういった世論の背景がJR東海が言う「一県一駅」や「駅建設費費用は100%地元負担」という強硬な主張になっているとのだと思います。

であるからこそ議会は一致しなければいけなかったと思います。あまりにも戦略に欠けた行動だったと思います。

私なら最終的に建設ルートがBに決まればそれで良し、万が一Cルートに決まれば、従来の経緯と県議会の決議をどのように考えるのか?とJR東海に迫り、それでもCルートでと言うなら県内駅建設費は“おわび=慰謝料”としてJR負担で作りなさい、と言う交渉、つまり条件闘争に持ち込みます。
対するJR東海もしたたかで「一県一駅」という方針を打ち出した背景は当然ですが県内Bルート推進勢力を分断する戦略であることは明かです。なぜなら諏訪・伊那・飯田 と3駅など作らないとなれば少なくとも諏訪・飯田は誘致合戦に邁進し、分裂を始めます。事実Cルートなら飯田市周辺に駅を設置することはほぼ決定します。一方諏訪に駅を設置するならBルートしかありません。すでに諏訪や飯田の市長さんの発言にそういった考えがにじみ出てます。
結果長野県議会はそのJRの戦略にまんまと引っかかってしまったと言う事です。
(もしかしたらBルートからCルートに変更して減額できる工事費はそっくり駅建設費用に充当できる等とJR東海は言い出すかもしれません)

これで県や地域はJR東海に対しての交渉では弱腰で臨まなければなりません、つまりBルート建設推進と言いながら実はCルートでもいいという勢力を内包しながら進むと言う事にります。分かり易く言えば、後ろから味方が鉄砲を自分に対して構えている状態で交渉すると言う事です。
少し前に私は「落としどころは考える必要がないと」と書きましたが、今から落としどころを考えたのではJR東海に「つけ込まれる」と言う意味で書いたのであり、今回の顛末でつけ込まれる以前の状態になってしまいました。言い方を変えれば切り札は相手に渡ってしまったと言う事です。

今回の議会のゴタゴタは関係者に聞けばそれなりの理由があったようです、確かにあったのでしょう、でもそれを乗り越えてまとめるリーダシップがどこにもなかったと言う事が露呈してしまった、何とも後味の悪い、戦略性のない議会となってしまいました。 

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2009年7月 2日 (木)

リニア新幹線決議

県議会でのリニア新幹線Bルート建設促進の決議が今議会では流れたとの報道がありました。

様々な意見が今朝の信毎では一覧表にしてまとまっていましたが、どうも解りにくい気がします。と言うのは自民党のスタンスが解りません。ここまで先頭に立って進めてきて「決議に調整を」と言うような趣旨だったと思いますが、ここで決議を行わないというスタンスがどうも理解できません。

確かに飯田地区にはCルートでもいいという意見は多く、一県一駅なら確実に飯田地区に停車するCルートがいいというのは理解できます。また松本地区の首長OBの皆さんからのBルート建設促進の意見書も理解できます。建設賛成・反対・各ルート賛成・反対そういった恐らく県会内部では議員同士のかなりのやりとりがあったと思われることですが“外野”では解りません。もうすこしそこの所を報道してくれませんか? 大事な問題だけに各報道機関にお願いしたい所です。

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2009年6月29日 (月)

まだまだ続く東国原発言波紋

マスコミでは未だに東国原知事の発言で揺れ動いてます。麻生総理による解散と内閣改造、その辺が入り交じって混乱してます。
先日の日曜に東国原知事はテレビで気になる発言をしてました。それは知事としての限界を感じたと言うものです。

知事の発言について自民党の反応を少し厳しく先日は書きましたが、では当の本人である東国原知事はどう考えているのは私なりに考えてみました。
ここ数日の発言で本人は結構真剣だと言うのが印象です。それに対して自民党もなめられたものだと言う論調もありますが、私はもし政権与党が民主党でも同じようになったと思っています。
つまり東国原知事にとっては今の日本の中央による統制・管理 総じて権限・権力そういったものを変えたいという思いで今回の発言になったといえます。もし政権が民主党で地方分権が言うほど進まなければ同じようになっていったと思います。

つまり知事が言いたいのは知事のもつ権力では地方の改革は進まないと言う事です。
例が適当かどうか解りませんが、私は県議時代に感じたのは、世間は県の事なら県会議員なら何でもできるとお思いでしょうが、実は県で買う鉛筆一本 消しゴム一個すら買う権限は無いのです。買うことができるのは知事の権限です。買う予算を良いとか悪いとか、場合によればダメ出しして「買うな」と言う事はできます、また「買うならこの鉛筆がいいですよ」と県にいえますが、県の鉛筆を自分で買うことはできません。

同じように地方と国の予算の割合(支出割合) 補助金や交付金、国の持つ許認可権等は知事は提言や意見はできますが決めるのは総理大臣であり、総務大臣です。
つまり地方を本当に良くしようと思うなら、お金が出てくる元を変えないと地方は変わりません。いくらいい仕事だからと言っても、元の国でお金の調節をされたのでは、いかな絶大な権限がある知事でさえ手元の資金でしか事業ができません。
恐らく長野県んの八千億を越える予算でも知事の考えで使えるお金は多くて十数億円単位ではないかと思います。
つまり地方がいくら頑張っても国がコントロールしている現在限度がある、そんな思いが東国原知事に今回の発言をさせたのだと思います。

ではなぜ全国の知事が皆さん国政進出を言わないか?それは普通は選挙という高いハードルがあると言う事と、家族親戚、友人や仲閒 そして後援会員などなど様々なしがらみがあり、せっかく手中に収めた首長のイスを簡単には手放すことはできないと言う事情があると思います。そのうち最も多くの要素は選挙に勝てるか?と言う事でしょう。

ところが東国原知事知事はまず絶対の人気があると言う点と、基本はタレントでも食っていける、つまり周りの人間をタレントという仕事で養っていけると言う基本的な存在があります。そして言い方はちょっと厳しいですが、宮崎でなくても暮らしていけると言う点もあるでしょう。つまりある意味今の知事職にたいして固執する理由が希薄だといえます。
しかしそれは無責任と言う事でなく、であるからこそ真に宮崎を良くするために国会議員になって国から地方を宮崎を変えたいと言う事だと思います。
つまり知事職に固執しなくてもいいけど真剣に宮崎を良くしたい、それができる本人の条件と今の政治情勢が合致して今回の発言になったといえます。

従って最初に書きましたが今の政権が民主党であっても、地方に対して十分な施策ができなければ同じような発言が出たのかもしれません。
つまり自民党をバカにしたとか、国会議員になりたいとか、出世という意味でのスッテプアップだとか言う次元の行動でなく地方の政治に少しでも携わったものが感じる大きな壁に対しての挑戦の発言だと思います。テレビで見ていてもこういった視点で評論をするアナリストはほとんど居ません、ただ東国原知事の真意はどこか、本当に総裁になりたいのか、そんな話ばかりで、現実知事では変えられない政治の壁について語る人はいません。
恐らく政治家として現実に政治を行ったものだけが感じる限界を彼らの想像力では解らないのでしょう。

と言うとかつて長野県知事をされ国会議員になられた“先生”が一人いましたが、今は何をしてるんでしょう? 少なくとも地方分権について行動していると言うことを私は聞きませんが・・・・   長野県について発言しているとも聞きませんが・・・・・

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2009年6月26日 (金)

一般質問から

県議会の一般質問をネットで聞いてます。
まるで議場にいるような結構臨場感ある音で聞くことが出来ます。マイクの指向性のせいでしょうか“いつもの”ヤジはあまり聞こえませんがそれでもぼそぼそ低い声で何か言う、日頃親しくして頂いているM議員の声は聞こえてきます。

1日10人という大人数の質問にも関わらず駒ヶ根選出の佐々木県議のブログによれば午後5時20分頃には終了したとか、新聞にもありましたが田中知事時代とは隔世の感があります。もし私が今県議であるなら少し物足りない気がしていたでしょう。
とはいえ田中知事時代は議論が白熱して時間が延びたと言うよりは、議事進行上の問題で延び延びになったと言うのがその理由といえます。つまり答弁になっていないとか、不適切な発言があったとか、そういった理由で延び延びになっていた訳で、議場にいる議員は真剣そのものでしたが、周りの県民から見れば「何やってるんだか」という印象であった感は歪めません。

それはそれとして何だか淡々として終わっていく そんな印象は拭えません。村井県政に大きな問題点がないというならいざ知らず、経済・景気  雇用・福祉 教育・医療 そして環境と県内にはいくつもの大きな課題があり、県レベルで解決できるもの できないもの 県が長期的に取り組まねばならないもの 緊急に手を打たねばならぬもの 様々あるはずですがどうも今ひとつ突っ込みが足りず、答弁も通り一遍でなにか深まった議論という印象がありません。

人のことはともかく議員当時自分にできたのか?と言う自問には自信を持って応えられませんが、それはそれとして今の政治状況の中でこれでいいのかという気がしてなりません。とはいえ聞いているとしっかり勉強している議員さんと「新聞の切り抜き質問」の議員さんと違いはよく解ります。
私が聞いていて一つ気になった質問のパターンに、「○○によりますとこういった意見が表明されていますが、知事のご所見をお伺いします」という質問があります。確かに問題の事柄について知事の考えを聞くのはいいことかもしれません。でもこの手の質問には必ずと言っていいほど質問する議員さんの意見はどうなのかと言う事は表明されません。
私はこれは問題だと思います。なぜなら「私はこう思うが、知事はどうお考えですか?」と質問しないと議論にはなりません。知事の考えを聞き、だからどうなんだと言う議論の始めには、まず私はこう思うが、と言うスタートがあって初め手成り立つと思いますが、違うのでしょうか?

とにかく今日一日 議論が深まった一般質問を期待します。

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