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2007年8月

2007年8月31日 (金)

村井知事誕生から その1

村井知事が誕生してまもなく一年になります。 思えば知事選はもう一年も前のことなのですが、昨日のことのように思い起こされます。
この一年で長野県はどう変わったのか、少しこの事について書いていきたいと思います。

総括から言えば当然良くなったといえると思います。
まず何より全ての行政及びそれらを取り巻く関係諸団体が落ち着いてきたと言えることです。
例えば阿智村の廃棄物施設など良い例で、田中前知事のスタンドプレーに振り回され、何の結果も出せなかった課題が次々と解決されています。これはこれで、ではこの6年は何だったのかと言う問いかけは残りますが、少なくとも前進をしています。
また県の行政内部としても懸案だった中期総合計画が作られたり(進行中) 県の外郭団体の見直しの見直しが始まるなど、大きな県のグランドデザイン的なものの姿が見えつつあります。

時々お会いする県職員さん方が生き生きと仕事をしてる様子も大きな変化だと思います、かつての時代は仕事を喜んでやると言うより、仕方ないからやるという“厭世”気分が県庁内に蔓延してました。それは当たり前で、全く無謀ともおもえる人事や超トップダウンの方針施策、知事の顔色をうかがうだけの上司の存在、そんな状況では職員さん一人一人の力など出てくるはずがありません、そういった意味では村井知事が人事問題に最初に手をつけたと言うことは正解だったと思います。

それと何となく県民生活に変化が見られるようになった気がします、それは前知事の時代は古いもの、権威のあるもの、組織的にしっかりしているもの、一言で言えば長野県のファンダメンタルな部分がかなり自信を無くしてたと思います。
言い換えれば“良い意味の保守的な部分”と言う部分かもしれません、それが村井知事の誕生で自信を取り戻してきたといえると思いま。これは何も県庁周辺の事だけではありません。私の住んでいる身近な地域の集まり、団体なども同じような“自信ない症候群”に罹っていたような気がします。目に見えて“こうだった ああだった”と言うのではないのですが、県民の心の中にそういう気分があったような気がしました。

また行政関係ではもしかしたら一番大きく変わったのは市町村と県との関係かもしれません。難しいのはこれは変わったというのか、昔に戻ったというのか、判断が分かれるところだからです。県と市町村の力関係はともかくとして、知事と各自治体の首長さん方との関係はかなり改善してきたと思います。
これは長野県全体にとって大きなメリットだと思います。いろいろ言っても県と市町村が連携をとれていないというのは県民全体にとっても大きな損失だと思います。
この点は村井知事誕生の知事選の背景ともなっていた問題だけに大きな変化だと思います。

議会も大きく変わったと思います。特にこの4月の統一選以降は一層変化にドライブがかかったような気がします。
何と言っても知事が非常に議会に気を使った発言や行動をする様になったと思います。前知事の頃は全てを“2項対立”と言うくくりで知事と議会を語ることが出来たと思います。
議会はチェック機能は十二分に果たしていたとは思いますが、両輪として長野県を導いていく事は出来ませんでした。そういった意味では両者の関係は大きな前進を始めたと言えると思います。

これらの一連の変化は“地域要望”という形でその変化を見ることが出来ます。
もしかしたら私もそうだったかもしれませんが、前知事の時は「あの知事じゃねえ・・・」と暗に仕事が出来ないことを知事のせいにして先送りしてきました。また前知事は前知事で自分のお気に入りの議員や団体、最悪のケースは個人のためだけに県の仕事をしてきました。
地域の声なき声、今までだったら行政は耳も傾けなかった団体に対して前知事は当初は光を当てる“ふり”をしました、それが県民や職員さんにインプットされ、従来からの組織や団体の県に対するプレゼンスが失われてきました。従って地域要望が例えば首長さんが代表の団体だと難しくて、一般市民が代表だと何だかうまくいくそんな雰囲気が続きました。(現実はそんなことはたまにしかありませんでしたが)
おかしな話で選挙で住民に選ばれた首長の言うことより一住民の声が地域を代表する声だというのは無理があります、これが県内の様々な仕組みを悪くしていったのだと思います。

ともかくそういった“停滞と混乱”の長野県は村井知事の誕生で終止符が打たれました。

では、全て良かったのか、良くなったのか? この疑問についてはこれか書きたいと思います。

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2007年8月29日 (水)

8月もまもなく終わります。

8月もまもなく終わりますが、ここに来てようやく涼しくなってきました。今年は当初は猛暑と言われ、途中でもしかしたら冷夏?かもしれないと言われるほど涼しい夏が始まり、そして8月初旬から猛暑日の連続で、日本記録の高温気温をあっさり抜いてしまうなど大変天候激変の夏でした。

政治の世界も参院選は長野県区では予想された顔ぶれが出馬し、予想された顔ぶれが当選するという、表面上は穏やか(?)な選挙でした、しかし全国では自民・公明の連立与党が歴史的な敗北を喫し、民主党が参院では第一党となり、いわゆるねじれ現象が生まれることになりました。そして安倍政権はゴタゴタがつづいた「お友達内閣」と酷評された内閣を終わりにして、内閣改造でこの難局を乗り切ろうとしてます。

とまあ、一気に夏の政治を振り返りましたが、恐らく今年の参院選の影響は後6年、場合によれば9年間はつづくと言われており、いわゆる政治の混迷が続くものと思われます。
そういった中で私はでは今の民主党がこのままでいるのかと言う点についてかなり疑問に思っています。
前から言われているのですが民主党は全くの「寄り合い所帯です」 一つの大きな目標に向かって猛進しているときはさして問題がないのでしょうが、一定のレベルになってくると、それぞれの“所帯”のお家の事情が頭を持ち上げてくるのでは、と思われます。早くもイラク支援法やその背景になっている対アメリカとの関係で波風も立っていると聞き及んでいます。

うがった言い方をすれば民主党の“終わりの始まり”とも言える今回の参院選の結果だったような気がします。とはいえ衆院選で過半数を取るまではこういった問題も一旦は杞憂に終わるかもしれません。

長野県政では小さなゴタゴタや事件はありましたが、大きな流れの予兆的なものを除けば比較的平穏な夏だったような気がします。
その予兆というのはダムの問題 中期総合計画の問題、そして今年度後半の首長選の話題等だと思います。そして私としては驚いたのが県立須坂病院の出産の取り扱いの中止でした。この大きくくくって医師不足問題が県立病院まで影響し始めたと言うことに多少ならずとも驚きました。 県として村井知事以下この問題に真剣に取り組んでいる姿勢は見えるのですが、いかにせん結果が出てきません。もちろんこれは大きな国の医療行政という中での問題とは解してますが、長野県でも更なる取り組みが必要だと思います。
この問題で陣頭指揮に当たっている渡辺衛生部長さんはかつては伊那の保健所長さんをされていた方で大変優秀な方です、その活躍に期待したいと思います。

同じように議会でも担当委員会の皆さんは精力的に活動しているようですが、一部の方を除くと残念ながらその姿が見えてきません。県民の一番の関心事だと思われる医師不足問題、議会での取り組みをもうすこし見える形にしてほしいものです。
恐らく9月議会では医師不足問題が大きく質されるものと思われます。

とにかく 暑い夏も終わろうとしてます。

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2007年8月27日 (月)

防衛省騒動

このところ防衛省の事務次官の人事問題でゴタゴタしていました。小池防衛大臣の推す人事案と、守屋事務次官の推す人事案とがぶつかり、結果的には官邸が案を出して落ち着いたとの報道でした。
この晩夏の一連の防衛省の騒動は何だったんでしょうか?

そもそも、私はあくまでも超個人的ですが、小池大臣という人物はあまり好きな人物ではありません。その理由は一度だけご本人の講演をかなり身近で聴いたことがあるのです。場所は長野でした、確か記憶では自民党長野県連の講演会だったような気がしました。
新幹線でやってきた小池さんは打ち合わせた時間通りに講演をしてまた新幹線で帰っていきました。
こう書けば何で嫌いなのか解らないと思いますが、いくつかの理由があります。
まず第一に話が全く魅力的で無かった事です。私は一般の皆さんよりは多少多くの政治家の皆さんの話を聞く立場にいましたから、そういえるのですが、彼女の話は“しゃべりのプロ”をしていたとは思えないほど下手(失礼)な話でした。そしてそれに関係するのが第2の理由です。
私がそのとき思ったのは、恐らく彼女は出るべき所で出て話せば結構話はうまいと思います、しかしどうでも良いところでは真剣にならない、つまり自民党長野県連は手を抜かれた、つまり馬鹿にされた、と感じたのです。 政治家たるもの何処の誰が相手でも真剣に思いを語らねばその資格なし、と私は思っています。有権者であろうと無かろうと、成人であろうと無かろうと、その機会があって話すときは真剣であってほしいと思っています。
それからすると彼女は私の中で失格政治家でした。

私の思いなどどうでも良いのですが、ここ数日のマスコミもやっと彼女の本質が解ってきたのかなという気がします。
持ち上げるだけ持ち上げて、ダメとなったら思いっきり突き落とす、こういったマスコミのやり方にはいささか抵抗はありますが、逆にものの本質がなぜ解らないか?不思議なほど持ち上げるマスコミのご都合主義的な見識にはいささか困ったものだと思っています。

とにかくこれから内閣改造です、内閣人事はその内閣のこれから進むべき方向を示す強力なメッセージだと思っています、安倍首相からどういった人事が出てくるのかこれから今夜にかけて注目の政治がつづきます。

ところで一つ解らないことがあるのですが、小池大臣はなぜ防衛省トップの人事という一大事を携帯電話で守屋事務次官と話そうとしたのでしょうか? いかにデジタル化しているとはいえ携帯電話で国防に関するトップクラスの秘密事項を話をする彼女の危機管理意識にはますます幻滅してしまいました。

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2007年8月23日 (木)

北の恋人

またまた北海道から食品に関係する不祥事が発覚してしまいました。

このお菓子は私でも知っているくらい有名なお菓子で、恐らく千歳空港でまとめ買いして宅急便で送った経験がある方も多いのではないかと思います。
私自身が甘いものがダメな方なので食べませんが、やっぱり北海道のおみやげと言えば・・・・・・と言うところでしょうか。 ハワイに行ったときのお土産のナッツ入りチョコレートと双璧じゃないかと思うくらいポピュラーなお菓子です。

連休で製造が間に合わず、以前に製造した商品の賞味期限を偽造して販売したと言うことらしいのですが、口に入れるものだけにこれは拙い、やってはいけない事です。

企業を経営していると様々な問題に直面します。もちろん多くの問題は知恵と努力で解決していくのですが、中にはどうしても解決の糸口を見つけることが出来ない事もあります。
先ほどのお菓子メーカーも製造能力と販売需要のギャップにこういった事に手を染めてしまったと言うことです。

社長さんのお気持ちは同じ立場の人間として理解できないわけではありません。しかし理解は出来ますが、やってはいけません。
私なら繁忙期に在庫が切れてしまうというならそれを一つの“伝説”にしてしまえばいいと思います。
中々手に入らないとなると益々ほしくなるのが人情です。

同じものかどうか正確には解りませんが、普段なら630円の12枚入りの「白い恋人」ヤフーのオークションでは1100円で売られています(8月23日午後6時10分現在、まだ入札途中ですからまだ上がるかもしれません) 
何とも言えない気持ちになるこのオークションですが、一つ言えるのは社長さんが商機と見て増産したかった、その気持ちはわかりますが、それよりせっかく北海道まで行ったのに買えなかった、今度行ったら絶対買って帰ろう、そう思わせる、一種の品薄状態を作った方が、長い目で見れば良かったような気がするのですが、いかがでしょうか。

話は変わりますがこのオークションがネットで出てきて世の中の価値観が大きく変わったような気もします。まさか今まで問題が起きたお菓子が高値で取引されるなんて誰が想像したでしょうか? 世の中いよいよおもしろくなってきた気もします。

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2007年8月20日 (月)

献血活動

今日は箕輪町の大型スーパージャスコ箕輪店の駐車場をお借りして献血活動を行いました。
従来は私が属している箕輪ライオンズクラブが主催して行っているのですが、事情があって箕輪ライオンズクラブは去る7月を持って解散致しました。
歴史のあるライオンズクラブだっただけに各方面から存続を願う声があったのですが、メンバーの高齢化及び減少という現実の壁に解散やむなし、と言う結論になり、解散となりました。

会は解散したのですが例年継続して行われてきた活動まで一気に停止することができず、例えば今回の献血活動などは年度当初に計画を日赤の方で組んであるのでここで中止と言うわけにはいかず、有志によるボランティアという形で行うこととなりました。

おかげさまで箕輪町日赤奉仕団の皆さんにもご協力頂けることとなり、チラシ配りや案内などを手伝って頂けました。

日中の気温はぐんぐん昇り日なたでは恐らく40度近くまでいったのではないかと思われるような晴天の中、予想以上に多くの皆さんが献血にご協力して頂けました。
昨年は120人ほどの方がお見えになったとのことでしたが、今年は昨年を上回る130人ほどの協力者に来て頂くことができました。
しかし残念な事に血沈検査などで落とされて献血頂けない方も15人ほどおられたようでした。

おかげさまで私も今回で13回目の献血をすることができました。献血と言っても中々難しくて、体調、年齢、体重などのハードルもあるのですが、我々の年齢で一番高いハードルは薬です。例えば高血圧の薬、痛風の薬、糖尿の薬 等々 正確には服用していても問題ない薬もあるかもしれませんが、とにかく一般的に薬を常用している方は献血はできません。ですから献血ができると言うことは常用している薬がないと言うこと、つまり病気がないと言うことになります。我々の年代で10人ほど集まれば7~8人はNGだと思って間違いないと思います。

ところで私はジャスコ入り口で案内プラカードを持って買い物客にお願いをしたのですが、本当に反応は様々です。全く無視する人、「俺は献血したいんだけど医者に止められていて」と大きな声で言っていく人、話を聞いて「じゃしようか」と献血してくれる人。
その反応は様々です。私が出来たからと言うわけではないのですが、なぜ皆さん献血しないのか不思議でなりません。もちろん薬や体調 それに医師に止められている等の方、場合によっては宗教上の理由なんて方もいるかもしれません、そういう方々は別として成人の健康である皆さんがなぜ献血に対して、無視できるのか解りません。

もちろん自分には関係無いという思いでいるのでしょうが、生きている限り何処で事故に遭うか、いつ病魔が襲い手術などで輸血が必要になるか解りません。そう考えれば献血など当たり前のことだと思うのですが・・・。声をかけていてあまりにもがっしりした体格の若者や、子供を連れた健康そうなお父さん等が無視してと通ると本当に残念でなりません。「献血はあなたばかりのためじゃ無いんですよ」と

でもこれってやっぱ制度上の問題もあると思います。つまり日本の献血制度は善意の上に成り立っています。一部の献血フリークを除けば、いや含めても献血は体の一部を傷つけて行う行為です、万が一には死亡事故さえ過去にはあったと言われる行為です。
これを全く善意に委ねていること自体私は間違いであると思っています。

つまり献血をまず一般対象成人(16歳から献血は出来ます)に義務化します。そして献血しない人は年間1000円程の税金を課税します。もちろんそして病気があったり、体質的な問題がある場合は医師の診断書の提出を求めて免除します。ただしこの場合も献血活動賛助費として500円ほどの拠出を求めます。 献血した方は住民税の納税時に免税する。こうすれば献血の実績は上がります。
がしかし、これが血液不足を解消する妙案とは思えません。問題も多く、考え方によれば1000円で自分の血液を売るのか? 等といった議論に発展しかねません。
しかも中には献血したくてもその機会がないと言う皆さんもおられるでしょう。ですからここで書いたようなことは出来ないにせよ、ただただ善意に任せている今の制度がこのままで良いというわけにはいかないと思います。

最近では日本赤十字社が進めている全国の血液センターの統廃合に伴い、県赤十字血液センター(長野市)の血液製剤製造業務が他県の血液センターに統合されると言うニュースが流れ、県議会でもこれに対して存続を求める議決を可決した経緯も有り、長野県としても大きな問題となっております。

とにかくこういった機会に献血について他人事ではなく、我が事としてもう一度考えてほしいものだと思いました。

長野県庁でも時々献血車が来て献血活動を行っていました、私も2度ほど県庁で献血をしました、そのときも多くの県職員の方もおられました、こういった皆さんに支えられている献血制度、どこかでもう一度考え直さなければならないと思います。 

 

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2007年8月17日 (金)

長野県中期総合計画

長野県中期総合計画に対する県民の意見募集が行われています。県のHPにはこの中期総合計画についてかなりの力を入れていると言うように感じます、しかし私が今まで思っていた中期総とは若干イメージが異なるのです。

県議時代には田中前県政の場当たり的な、目標の無い、従って目標管理も全くできない県政運営に議員として意見をしてきました。従って昨年8月に村井県政が誕生した時に議会でこの事について論戦した多くの県会議員は今度こそ具体的な数値目標と目標管理および評価ができる中期計画が策定されるものとばかり思っていますした。しかしどうやらそうは行かないようなのです。

村井知事は議会の答弁や記者会見で、具体的な数値についてかなり“慎重”な言い回しをしてます。当初は前知事の「コモンズからはじまる、信州ルネッサンス革命」について数値がないと批判的ではありましたが、徐々に姿勢が変わってきています。
為政者としては慎重にならざるを得ない、裏を言えば真剣だからこそなかなか数値としては示すことはできない、と言うなら理解もできますが、県全体の有り様を数値で語れるものでない、という表現で現実が見えだしてきてこの事から婉曲的に逃げているように私には見えます。

例えば地球温暖化防止につい、答申素案(38ページ)でも目標達成については県独自ではできないので県民の協力があって初めて達成できるものであり、いわば目標は“道標”である、としています。

果たしてそうでしょうか、というのは確かに県だけでは目標達成などできないことは分かり切ってます、しかし県が示す数値が道標=目標の方向を達成のレベルを示す、もしくは達成までの残を示す、と言うのでは何だか無責任な気がします。

地球温暖化防止は長野県だけでとか一地域だけでとか言うマターでは確かにないかもしれません、しかし長野県はこの中期総合計画案の「めざす姿」に掲げているように豊かな自然と共に生きる長野県、として大きく掲げております。

恐らく日本中の国民がまず長野県というイメージから想像するのは清涼な空気と緑豊かな山々そいうったイメージであることは間違いありません。
であるからこそ国内屈指の観光県であり続けているのです。
であるなら、その自然を守る地球温暖化防止についてはもっと強いメッセージ性があってもいいのではないかと思うのです。

県民と共にという発想はいいのですが、それでは一定の目標が達成されない場合は県は県民の皆さんの協力が無かったからと言う言い訳でこの問題を残してしまうつもりなのでしょうか。
県の地球温暖化防止条例では、かなりの部分まで事業所にコミットできることになっています、そういった条例を駆使し、また一番立ち後れている一般家庭を含む民生部門には県の明確な意志を示すことそしてそれに基づいたより細分化された具体的な数値を示す。これが環境立県として長野県を全国的にも発信するチャンスでは無いかと思うのです。

この問題は中期総合計画の一部のことであり、良く読んでいるともっと突っ込んで書けないかという気がします。このままだと県民意見の募集が終われば答申案が固まり答申されます、最終的には議会承認は必要ですが、県は県民世論を考慮した結果という“錦の御旗”で議会に諮れば、今の議会ではできもしない事を教条的に一方的に述べるだけの会派以外はなかなかもの申せない環境があります、しかしせっかく出来上がるこの中期総合計画が実効ある計画になるかどうか、次県議会は正念場だと思います。

県議会には「中期計画研究会」が設置されてます、この皆さんのまずは活動が注目されるところです。

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2007年8月10日 (金)

高校改革

今朝の新聞に箕輪工業高校の単位多部制への移行について記事がありました。
校名も新たに「箕輪進修高等学校」とほぼ決まるようです。注目されるのは「クリエイト工学科」という工業に特化した学科を設置するという方針でした。

かつての私のHPにある清水洋 ある日 ある所で何度も書きましたが、当時の志昂会で現地調査や勉強した事もあり、地元箕輪町の箕輪工業高校の単位多部制移行に関しては最初から私は賛成と言うことで行動してました。当初は地元の皆さんからもご理解頂けず「箕工を潰す気か」というご批判もかなりたくさんの方から頂きました。もうお一人の地元の県議もこの問題からは距離を置き、私一人の孤軍奮闘でした。しかし箕輪町の平澤町長がそれではと研究のための町単独予算100万円をつけて頂き、地元の関係者の皆さんも他県の単位多部制校を視察に行かれるなどかなり精力的な学習・活動の効あって単位多部制への移行に徐々に理解を頂きました。

私はなぜ単位多部制移行を思い立ったかというと、箕輪工業高校の徐々に進んでいる地盤低下が心配だったからです。相対的な地盤低下をすれば、生徒減少の現実の中いずれは廃校という道を歩むことは避けられないと思ったからです。ノスタルチックに存続を望んでも現実は厳しいものです。この一点をたびあるごとに話して回りました。最後はご理解をいただけましたが、一時はかなりつらい時期もありました。

しかし、問題は当初の県の考え方には単位多部制はあくまでも普通科が前提で、工業科は設置できないという方針でした。私は箕輪工業高校の歴史、長野県内でも屈指の工業出荷高を誇るこの地域の特性、そして私自らも製造業に携わる仕事をしていて、後継者を育てる必要性を感じていたからです。これらを加味してどうしても工業系の学科を作ってほしいと県教委に何度もお願いに行きました。くどいくらいのお願いに当時の歴代の高校課長さん方には煙たがられたかもしれません。しかしこの問題も県教委の理解があって「クリエイト工学科」と言う名前で工業系の学科ができることになりました。

単位多部制移行 新校舎の建設 工業系学科の設置 などなどおかげさまで概ね当初私が県と話をつめていた通りのグランドデザインが現実化してきました。
少々愚痴っぽく書けば地元の皆さんで箕工のこの問題を私が取り組んで来た経緯を知る人はホンのわずかです、それは仕方ないのですが、少なくとも県会議員として周囲が賛成に動き出すまで何の意思も表明せず、地元の流れが決まってからの地元陳情には顔を出すそんな先見性のない議員はこの地域の必要なのでしょうか? 

選挙の時、清水は実績を言わないけど何の仕事もしなかったのか と言われました、言う人間は何があっても言うのでしょうが、税金を報酬としてもらって仕事をするのに「あれをやったこれをやった」というのはおかしな話で、やって当たり前だと思っています。それを吹聴する選挙戦術は私の感性に合わないと決め込んでいました、今思えば「これでもか、これでもか」とやりもしないことまで自らの実績として強調しなければ勝てない選挙って何なんだろうという気がしてきます。 ちょっと最近落ち込んでいますので愚痴になってしまいました。

愚痴はともかく、政治家としては信念を持って行動すること、周りの顔色を見て行動するのではなく、自らの信ずる道を進む。
将来のことは解りませんが、もし私にそういう立場が与えられる事が再びあるならそう生きていきたいと思います。

なお、かつての私のHPの「清水洋ある日ある所で」は後数日で閉鎖と致します、もしご参考にされる方がおられたら早めご覧下さい。

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2007年8月 9日 (木)

コメントから

「今日は匿名さん」からコメントを頂きました。
昨日長野市で職員さんやマスコミ関係の皆さんと話をする機会があり、この話題も出てきました。
頂いたコメントの通り、こんな事をしていると最後には田中県政の再評価という次元までこういったことを繰り返しているとなってしまうと言う結論でした。

今回の辞任をほのめかす手紙は土木部独自の考えで出たようです。確かに所管する会議で、たび重ねて欠席する委員ななら、督促的にお願いを重ねることは解りますが、どうも今回は特別な委員に対する“配慮”が足りなかったと思います。 放置しておけば良かったのにと今更ながら思わずにはいられません。

公共事業についてマスコミでも有名で一言ある先生が、そのあり方を審議する委員会に一度も出なかったと言うこと自体、ちょっと意地悪に言えば“おもしろい”事です。私が土木部の担当者ならそういった“配慮”をしただろうにと思わずにはいられません。

マスコミのあり方については大いに問題があると思っています。
まずマスコミ自身が政治家もしくは行政に説明責任を求めています、これは社会の公器として正しいことですが、では自らはどうでしょう? その影響力からして一般民間組織(NHKも含めて)としてはトップクラスの説明責任を負う立場だと思います。今回の記事も言うまでもなく、内容についてもうすこしきちっと説明する必要があります。若い記者だからといって許されるものでもありません。マスコミの怖いところは書いてしまえばそれはすでに“真実”になって一人歩きし出します。記者の見た現実は“真実”とは限りません。この事実と真実見極めながら取材をする、大変だとは思いますが、それだけ大きい影響力があることを肝に銘じながら仕事をしてほしいものです。

話は変わりますが、マスコミ関係で少し書きます。
私は先の選挙の取材で大変残念な経験をしています。それは某テレビ局の仕事で上伊那選挙区のそれぞれの候補者の密着取材がありました。私の担当は某放送局の外注さんでした。家族は大反対だったのですが、私としては取材される方がテレビ局の外注さんとお聞きし、我が社も業界こそ違いますが仕事は外注ですから、同情し協力することに私は決め、嫌がる家族も無理矢理協力してもらいました。
取材方針については了解しました。実際本当に密着という状況の取材で、寒い日 みぞれの日、精力的に取材されており、私自身感心したくらいご熱心でした。

選挙当日 落選が決まって事務所のスッタフもみんな帰って、その取材の皆さんのカメラに最後のコメントを“しんみり”話した後で、取材途中にも何度も話していた、「できあがったら放送日にはどうせ見られないんでDVDにして放送を録画して送ってほしい」と頼みました、その外注の社長さんもご同意頂き約束して頂いたのですが、未だにそのDVDは届きません。 現実に放送は選挙の次の週に行ったようですが私は見てません。
できればマスコミはどのようにあの県議選上伊那選挙区を見ていたのか知りたく、今でもDVDが某放送局から届くのを待っていますが、連絡もありません。
これだけ遅れていることに何の説明責任も果たしていないのがマスコミの実態です。忙しさにかまけて忘れてしまったのかもしれませんが、残念です。

放送局に問題があるのか外注さんに問題があるのかは知りませんが、局名の入った腕章をして取材していたからには、たとえ口約束であっても当然責任はあると思います。

世の中には人の非は責めるが自らの非は認めない“人”が多く存在します。人ならともかく“組織”あげてそれでは困ったものです。 

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2007年8月 8日 (水)

アマチュア無線

最近思ったより時間がとれるようになり、今まで忙しい毎日で忘れていた、できなかったことをやりたいと思いかつて“電波少年”だった頃資格を取得したアマチュア無線を再開しました。
ご存じのようにアマチュア無線は国家試験に合格しないとできない数少ない趣味です、私は中学2年の時に先輩に進められ当時の電話級(現在の4級)の資格を取ることができました。その後半年して電信級(今の3級)の免許を取りました。今では小学生の上級者がいるこの世界ですが、当時長野県・新潟県(信越管内)では恐らく最小年に近い電信級免許所有者だったと思います(確認したわけでは無いので間違いだったらすみません)。今では講習会という制度もあり比較的簡単にとれるイメージの免許ですが、当時は全問記述式で、高校生の物理レベルの無線工学や電波法の条文を記憶し書かせるという、かなりハードの試験だった記憶があります。

しかしその後高校 大学そして社会人となり時々はご近所のかつての仲間と無線で話したり飲み会などはしてましたが、ほんの半年ばかりを除いて世界に向けて(ちょっとオーバーかな)電波を発信することなどありませんでした。
しかし、この4月から政治の世界から遠ざかり、若干時間もできたことからもう一度やってみようと思い立ち始めました。

無線の設備は(この世界ではリグと言います)インターネットのオークションで手に入れています。発売当時は30万円ほどした設備もネットでは十分の一ほどで手に入ります。そしてご近所の仲間の力を借りてアンテナを立て先月からQRV(電波を発信すること)してます。
今はコンディションが悪くあまりDX(海外)とのQSO(交信)はできませんが、国内なら北海道から沖縄まで大体つながります。
先日QSOした山形県の局長さん(無線仲間では局長さんと言います)はマスコミ関係の方らしく、花笠踊りの話や芋煮会の話で盛り上がりました、そしたら山形県の知事である齋藤弘知事もアマチュア無線家だと言う話も聞きました。
ともかく見ず知らずの同好の士と話ができるのはこの趣味ならではの醍醐味です。

今テレビ・ラジオは言うに及ばず携帯電話。無線LAN・防災非常無線など私たちの周りには電波であふれています。この電波を通信手段として使い始めたのはマルコニーという人だと言われてますが、真相は若干それより前にポポフという人が実験したようです。
しかし遠距離通信と言うことではマルコニーが始まりとされております。以後無線の世界進歩の牽引役はアマチュアが担ってきました。短波という周波数の電波が電離層と地上を反射しながら地球の裏側まで飛んでいくことを発見したのもアマチュア無線家でした。
従ってその功績を認められて“電波”という公共物を比較的自由に占有させてもらっているのがアマチュア無線です。
しかし携帯電話の普及で若い人のアマチュア無線離れが激しく、一時の人気が無くなっている個は事実です。

ところで、私が最近凝っているのがCWという 電信による通信です、簡単に言うとモールス符号というトツー ツーというあれを使って行う交信です。
プロの世界ではデジタル通信に変わってしまい、この電信による交信は存在しないと言うことですが、アマチュア無線家だけが今この技術を継承してます。いわば伝統技術 伝承技術になってしまいました。有名な話ではタイタニック号の沈没事件の時電信で救難信号(SOS)を初めてではないようですが使ったと言われています。また最近では映画「インディペンデンスデー」でエイリアンに乗っ取られた衛星通信に変わり短波を使ってモールスで世界中に情報を伝える場面がありました。

電信はトン(・) と ツー(-)の組み合わせで文字を送信します、確かに古い伝達方法ですが単純な故に少ない出力で遠くに飛びます。
モールス符号は考え方は全くのデジタルであり0と1(ゼロと一)の組会わせは同じです。
モールス符号が解らない人にしてみれば何をしているんだろうと思われるかもしれませんが、黙って無線機の前でひたすら電鍵をたたく(私はパドルと言うものを使っています)姿は結構ストイックな姿です。

この世界も結構政治の世界の影響を受けて様々な変化が今起きてます、趣味の世界でありながらそれに影響する、政治の世界の広さというか影響力の大きさを今更ながら知らされます。この事についてはまたぼつぼつ書いていきたいと思います。

そうそう私のコールサインはJAφ(ゼロ)ELBです、もしここをお読みの方でアマチュア無線をやっておられる方で聞こえていたら是非お呼び下さい。
                                   73&88  de JAφELB

                                           ja0elb 

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2007年8月 7日 (火)

ちょっと疑問「県公共事業評価監視委員会」

今朝の新聞によると昨日開催された県公共事業評価監視委員会(16人)の席上、当初から欠席を続けていた金子勝氏を委員から外した件について、本人が傍聴人として出席し県に対して意見を述べ、原悟志・県土木部長は手続きの不備を認めて陳謝したと言う記事がありました。

久々にエキサイトした場面でしたね、きっと。 でもこれっていくつかおかしなところがあります。詳細はこの記事を伝えている一連の紙面でしか解りませんが、実際今何がどう起きているのか気になります。

まず、任命以来一度も出席しない委員に「出られないなら辞めて下さい」と言う手紙を出した、それでも先方から連絡がないならと、この際委員から外した。これって陳謝しなければならない事務的な齟齬があるんでしょうか? 手紙を出してから着いたかどうか確認をしなかった、電話で一報して確認をすれば良かった、メールもあるでしょうFAXもあるでしょう、それなのにしなかった。それだから県は事務手続きが不備だった、だから陳謝。 私はそんなの陳謝することはないと思います。なぜならいくら県が依頼したとはいえ、出した手紙が着きましたか?等と確認をするなどと言うこと自体おかしな話で、例えば我々が納める自動車税の請求書が着きましたか?などと確認の電話は来ません。なのに事務的な齟齬はあるのでしょうか?

そもそも公共事業に大いに関心がある、マスコミでも“そういった線”で露出している学者さんなら会議開催の連絡が着たら何をおいても駆けつけ自説を述べる、そうするべきじゃありません?
またこの件で、福田志乃委員長も「連絡がつかないという理由で名前を削除されては納得がいかない」と批判。と紙面にありますが、いくら連絡しても連絡がつかないなら名前が削除されても(辞めてもらうのは)当然でしょ、納得がいかないという委員長さんがおかしいのです。これって世間の常識です。

ただ制度上県知事が任命した委員を勝手に(この勝手と言う判断が難しいのですが)委員から外すことができるかどうかは、委員長の職権との絡みや任命した知事との問題もあるかもしれません。でも先述した意味での事務手続きなら何で陳謝したのか解りません。

しかし、ではなぜ県は出てこない委員にわざわざ辞任を進める手紙を出したのか?そのままにしておいてもきっと一度も出てこなかったでしょう、それなら任期が終わったときに、「そういう委員さんもいました、事務手続きにも貴重な税金がかかりますから、こういう方を二度と委員に指名することの無いようにします」とでもコメントしておけば良かったのに、何でそこまでやるのでしょうか?

田中前県政への反発のエネルギーが職員さん方の中に高まっていることは解ります、しかしこういった田中前知事が任命した委員さんを排除するというような稚拙とも思える行為は、結局はあの田中知事を生んだ土壌を再生することに他なりません。
県民の目には反県側の委員を恣意的に辞任させた=田中前知事の行った改革への反動だ、としか見えてきません。 この流れが危険だというのです。
あの2000年の知事選挙で県民は今までの「県庁支配」と言われた政治的な流れを変えたかった、それがあの特異キャラの田中康夫さんと重なって、ああいう結果になったことをよもや忘れてはいないと思いますが、なにやらちょっと不安です。

それともう一つ不思議なのは、傍聴席から金子氏が意見を述べたと言うことになっていますが、私の知る限りでは、いくら公開されている委員会であっても傍聴席と委員席もしくは県側との間でやりとりがあると言うこと自体異常だと思います。いかな議員であっても、自らの所属しない委員会では発言は許されません。 むろん委員長の許可があれば別なのでしょうが、基本的にはおかしな事です。ところでこの審議会の委員長は田中知事よりの方です、と言う事は恐らく金子氏が委員会に来て傍聴席から言う事は事前にできていたいわば「できレース」だと思います。
先ほど書いた県の稚拙な行為もそうですがこの委員長の行為も問題だと思います。マスコミはここまで書くスペースがないかもしれませんが、委員長の判断の是非は触れなければならないと思います。

私は、現実的に「県側の考えに反対する委員」の排除という動きに対して、村井県政を擁護する立場であるからこそ異を唱えます。こういった動きが「いつか来た道」に歩を進めるあえて「自殺行為」だと思うからです。
現実には出席しない委員が悪いのに、開き直られたら結果として県の方が悪くなってしまい、陳謝しする、こういったオウンゴールは絶対避けなければなりません。
こういった事が二度と起きないためにも今回の事は是非“村井知事与党”の県議会議員のみなさんに県側を質してほしいものです。
ここでこの問題を取り上げないと議会まで「いよいよか」と思われてしまいますし、当然相手はそういうところを狙ってきます。

それにしても一義的にずっと欠席し続けた委員さんがなぜ責められないか不思議です。

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2007年8月 6日 (月)

七夕・TMO 忙しい週末

金曜日 土曜日 日曜日とこの3日間は地元箕輪町松島地区の七夕祭りと、箕輪TMOのイベントがあり大忙しでした。
金曜日には私が住に所属する松島本町実業団の七夕飾りが行われました。もう50年近く続いているイベントですが今年は箕輪TMOの皆さんのイルミネーションとのコラボレーションで大変賑やかなイベントになりました。

Led

特に中心部に作られたLEDを使ったオブジェはかなり大がかりで注目度No1です、この日にはTSBの「ゆうがたGet」のレポーターも来られ中々賑やかでした。
土曜日には夜店のイベントを行い大勢の子供たちや地域の皆さんがお見えになりました。

日曜日はやはりTMOの皆さんの主催でイベントが開かれ、ゲストとして蓼科高校のJAZZバンドの演奏が行われました。
このイベントは飯田線伊那松島駅前から旧国道までの約300mの県道を使い行われました、数々の地域の皆さんの店が出店し、初めてのイベントでしたが大勢の皆さんがおいでになり成功の内に終わることが出来ました。

メインには先述した蓼科高校のJAZZバンドの皆さんが演奏を披露していただき大いに盛り上がりました。
映画「スイングガールズ」の素になった高校生のジャズバンドで一度は聞きたいと思っていましたがようやく、しかも地元の箕輪町で聞く事が出来ました。

蓼科高校の今ある状況は厳しい状況にあることは知っていますが、こんなに素晴らしいクラブ(部活動)のある学校ですから何とかして存続を願いたいものです。ただ生徒の今後の不足が、特に佐久市内の高校との関係から難しい事は分かりますが、大きな都市に引かれるのではなく、逆に「小さいからこそ魅力のかたまり」そういった校風を何とか頑張って作って欲しいものだと思います。感情的な心情からただただ存続を訴えるばかりでは将来に責任ある政策とは言えません、ここをもう少し冷静に関係する県議さんや行政関係者の皆さなんは考える必要があると思います。

ところで演奏ですがビックバンドノすばらしさ特に綺麗なアンサンブルと歯切れの良いリズムにおおのりで、会場からのアンコールも2度もおきて盛り上がった演奏でした。
私自身はいわゆるモダンジャズの流れが好きで、あまりビックバンドを聞くことはありませんが、触発されたまにはカウントべーシーかデュークエリントンでも聞いて見たくなりました。

Tatesinajazz

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2007年8月 2日 (木)

参院選その後と横綱・朝青龍

参院選が終わり、自民党惨敗の大きな要因と言われた赤城農相の“辞任”も決定し、ようやく自民党も修復・修正作業に取りかかったようです。世間ではいろいろ言われていますが、私もどうせ辞めるならタイミングが遅いなあと言う感想をもちました。

今回の参院選を振り返るとき、安倍首相の指導力云々が言われていますが、もちろんそれもそうですが、私は安倍首相は「攻めに強く 守りに弱い」体質だと思えて仕方ありません。
北朝鮮の拉致問題で、当時安倍さんがとった強硬姿勢はあれだけ国民から支持されました。また小泉政権下での幹事長としての対応にも国民的な人気がありました。行くとこ行くとこ人人人であふれ、自民党の将来はこの人しかいない、そう思うほど人気がありました。
しかし、今や「それほどまでにしてなぜ首相の座にしがみついているのか?」等という世論が渦を巻いてます。失政と言われるほどの失政はありませんがなぜそうなってしまったのでしょうか?

私はそれは安倍さんの個人的な資質の問題だと思えてなりません。つまり「撃つ(打つ)のは強いが、撃たれる(打たれる)のは弱い」と言うことです。口悪く言えば“お坊ちゃん”なんですね。
歴代自民党の首相で私なりに逆境に強いと思っていたのは故小渕首相です、何がとか、どんなところが、とか言われると具体的には無いのですが、風貌といい漏れ伝わる人柄といい何となく漠然とそういう思いがします。

一度ここで辞任して巻き返したらどうかという声もあるようです、政治状況が許すなら50代前半のつまずきは6年後の50代後半で一回り大きくなって帰ってくればよい、と思うのですが、現実はそうも行きません。

難しい問題です。期待していただけに頑張ってほしいものです。

ところでここ数日横綱・朝青龍の事でマスコミは大騒ぎです。事件の内容は皆さんの方がよく知っているかもしれませんのでここでは書きませんが、私はこの問題は「相撲」という日本人の精神性に大いに影響する「国技」の最高実力者横綱の権威が問題になっているようにマスコミは書いていますが、私はもっと単純に考えています。

つまり大相撲の地方巡業は相撲という業界での営業行為であり新人発掘のスカウト行為であり、そして先ほど書いた国技という国民的な合意形成の源泉であると思っています。
要は地方巡業は直接力士をかいま見ることができる、いわば相撲ファンを開拓する大きなチャンスでます。

ボランティアで地方巡業しているわけではないので、これは仕事です、その仕事を仮病を使って休んだ、と言うことです。
一般的な会社なら理解できますが、たいがいそういった人材が会社のトップクラスにいる会社は時間の問題でつぶれます。それにまずそうい存在を許すことはありません。仮に一般社員でしかも勤務態度が悪い社員の中にはいるかもしれませんが、トップクラスには常識的にはそういう社員はいません。
いればもちろん解雇です。 どんなに営業成績が良くても、長期の会社の安定的な成長を考えれば百害あって一利なしといえます。つまり「ああいう偉い人ならそれもいいのか」という誤った解釈を一般社員に植え付けてしまうからです。
会社にとって一時的に不利益でも長期的に見て利益が出ればその処分は仕方ありません。その前提にはもちろん本人の反省と言うこともありますが、今までの朝青龍の行動を見ればそれは難しいようです。

今回の事をこれに当てはめれば、相撲協会は横綱・朝青龍に横綱という地位にとどまることを一定のペナルティーをつけながらも許したのですが、長期的に見ればこの事を厳罰に処する、つまりきつい言い方ですが、追放処分にした方が相撲協会にとっては将来に向けてプラスとなると思います。
国技である相撲のそれも横綱の権威を汚したとか、人間性の問題だとか、中には外国人には日本人の心が解らないだとか、いろいろな言い方で非難する人がいますが、私はそういった問題よりまず自らの仕事としての力士、それもその頂点である立場の人間のとるべき行動かどうか、こういった職業意識の原点に返って考えたとき今回の処分の正否が試されるのだと思います。

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2007年8月 1日 (水)

県内政局地図

参院選長野県区で民主党の羽田さんが53万票 自民党の吉田さんが30万票をそれぞれ得票しました。 この差をどの様に考えるか、自民党長野県連にとっては大きな問題を残しました。
今朝の信濃毎日新聞にもこれに関連する記事がありました。
今回の参院選の自民党の惨敗の原因をどう捉えるかによって、今後の対応もかなり変わってくると言えます。

多くのマスコミの選挙後の調査によれば「年金問題」が一番大きな投票行動の決定要件だったとの調査が出ていると報じてました。これは最近の政界・マスコミの過熱ぶりから間違いなく言えると思います。
それにつづく要因は「政治と金」の問題でした。これは赤城農水大臣の事務所経費、故松岡農水大臣の同様の問題と一連の“不祥事”が起こした問題でした。そして加えるなら久間前防衛大臣や柳沢大臣による“生む機械”発言等による失言問題。こういった事が参院選の投票に大きく影響したとされました。

問題はどれをとっても安倍政権の打ち出している「改革路線」政策の失政と言うより、それとはちょっと違う次元の問題で“国民は怒っている”ということです。
しかしこれを“歪曲”して、であるから安倍政権は政策としては国民から信任されている、と考えるのは少し違うと思います。
もうすこし言うと国民はそれほど安倍政権の政策と一連の不祥事を別けては考えていないと思います。むしろ国民には安倍政権の基本路線が見えにくくなっており、表面化した問題を捉えて投票行動を起こしたと考える方がより事実に近いと思います。つまり内閣としての実績が見えないと言うことです。

公務員改革や年金改革、念願だった教育基本法の改正そして少し前には防衛庁の省への昇格と、それなりに大きな仕事はしているのですが、それが評価という次元まで行かなかったと言うことです。
ですから与党首脳部が安倍政権の施策が否定されたわけではない、と言うことを言えば言うほど虚しくさえなってきます。

さて、県内の政局ですが、これほど県内の政治情勢と大きく乖離した結果が出るとは思いませんでした。
それは県議会との関係です。
長野県議会の会派である「改革・緑新」の皆さんが長野県の民主党の県議会勢力と言うことになるのでしょうが、実態は今の民主党の実情を示しています。つまり羽田さんを後援する「千曲会」に関係する東信の県議さん達と、旧社会党系の民主党で言えば横道さんの流れの皆さん、そして保守ではあっても自民ではない、微妙なバランスの上にいる県議さん。
こういった皆さんの“寄り合い所帯”が「改革・緑新」です。

本来ならこれだけ県内から大きな票を取ったのですから自民党県議団に匹敵するような勢力があってもいいのですが、第2党であることは間違いないのですが、失礼ながらあえてもの申せば、今のところはそれほどの結束力があるとは言いにくいところです。この乖離を考えると今回の得票がいかに政治的な勢力の得票と言うより、一種県民感情的な“流れ”による得票と考えることが出来ると思います。
恐らくこの傾向は全国的な傾向のように思えます。これを大きく前進させてこそ政権が見えてくると思います。

従って長野県の民主党は体質的な脆さを内在しつつ今後活動をしていくことと思います。選挙の得票を得ると言うことでは民主党は長野県では確固たる存在になっているのですが、政治的なプレゼンスを示すにはもうすこし時間がかかりそうです。

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