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2007年9月

2007年9月25日 (火)

福田政権誕生

いよいよ福田政権が今日誕生します。 
安倍さんの突然の辞任による今回の総裁選は、マスコミが伝えるような結果で福田さんが圧勝とまではいかないまでも、勝利しました。
この総裁選で民主党サイドから聞こえてきたのは「派閥による密室談合」という言葉です。

果たして派閥に政治の再来であり、密室談合政治であったのか、このコメントはかなり疑問です。
派閥という考え方は、政策集団という考え方に今変わっています。これは私は自民党を比較的近い第三者(と言っても党員ですが)からみれば、ものは言い様で、要は「お仲間」クラブ、もうすこし辛辣な言い方をすれば「仲良しクラブ」的なものだと思っています。
と言うのは正確には中選挙区制が日本から無くなった時点で正確な意味での派閥は無くなっています。考えてみれば解る事で、同じ党派から複数人が同じ選挙区で出馬すれば、当選した時に、「同じ仲間」として仲良くやっていこうというのは無理な話です。選挙という激烈な闘争をして、その後仲良くやれといっても表面上はともかく感情的にうまくいく訳がありません。

従って、自ずとあそこの選挙区の誰々、あそこの誰々と違う選挙区のもの同士がくっついていきます。それが派閥の最初の姿です、そうなると、よその派閥に負けたくないので資金も、ポストもとなっていきます。

しかし小選挙区制になり、同じ党派には原則として同じ選挙区には複数人の議員はいないわけですから、そういった意味では派閥を作る意味はあまりありません。ただし全国的にはコスタリカ方式と言う方法で比例と選挙区で同一党派の人間が複数でている場合も散見しますから、完全に従来の派閥的なものも解消されたとは言えないかもしれません。

ですから「派閥で云々」と言うより、「仲間で云々」という方が正確だと思います。その結果麻生さんに思ったより票がでて、「派閥の引き締めが弱くなった」とマスコミは言いますが、これは今の派閥が「お仲間」ですからそのくらいの融通性はあるのでしょう。

また密室談合と言いますが、今回は福田さんが各集団の代表のみなさんとカメラの前で会談したところが映っていました、まあだから裏話はなかった、等と言いませんが、これ以上は何をやっても駆け引きがあるのが人間の世界だと思っています。これは密室談合というには少々無理があると思います。少なくとも100%白日の下で政治的な話し合いが行われるという事はあり得ないし、そもそもご批判される皆さんの政党はどうなんですか?と言えるのではないかと思います。当を得ない批判をされる民主党の鳩山幹事長の後ろにかつての田中派が見え隠れするのは私だけでしょうか。

つまり結果的に良い悪いは今のところ解りませんが、かなり今回の総裁選はオープンに出来た、と言う事は言えます。ですから民主党のコメントは的はずれ、今時に言えば「はあ?」と言うところでしょう。
それにしても、福田さんに変わっても今の政治状況の厳しさは何一つ変わるわけではありませんから、大変だと思います。

私はそれより、今回の総裁レースが多士済々のメンバーによって戦われたのではなく、すんなり国会議員の流れが決まってしまった事にある種の「危惧」を抱いています。
これが自民党の活力の低減でなければよいのですが。
つまり、大変厳しいこの状況にあえて挑む、そいった姿勢が福田さんにも当初は見えなかったところに、今の自民党がおかれている状況がでている気がします。

「火中の栗を拾わない」  政治家がある意味「保身」に走るのは理解できますが、あまり保身ばかりに走ると、政治家自身の魅力が無くなると思いますがいかがでしょうか?

なぜかこういう時には「大志」を感じさせる政治家が欲しいものです。
でも選挙があるからそりゃちょっと無理かな。

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2007年9月21日 (金)

百条委員会・・・(多少感情的に)

マスコミで昨日の議運で前知事に対する告発を行った県議達に対する対応について意見がでたという報道がありました。またそれに対する議長見解も出ていました。
残念ながらリアルタイムにその場所にいるわけでありませんから、報道をとおしての知識ですが、私にはそれにしても理解できません。

確かに法律的には不起訴と言う事になりました、これは事実です。しかし前知事が行った行為が法律に照らして問題ないとしても、県政のトップとして取るべき行動としての問題は別ではないかと思っています。

例えば“選挙でお世話になった一業者”を、当時業者の出入りを禁じていたにもかかわらずフリーパスで県の中枢である経営戦略局に出入りを許していたのは、問題ないのでしょうか? 下水道関係の会議をその業者の意をくんで、今後の下水道行政を松本まで行って決めた、業者のアドバイスとしてそれはよかった、等という事が許されるのでしょうか?紆余曲折はあるものの、その業者が結局入札を結果的には取っていく、そこには解明できなかった暗部があるような気がします、もちろんこれはすでに解明できなかった事でもありますが、何も問題ないとされた事に対しても、これで良いのでしょうか?

この事を思い出す時ある下水道部局の関係者だった県職員さんだった方を思い出します。その方は当時委員であった私たちの調査に、当時の下水道行政のでたらめぶりを心から怒りをぶつけてお話をして下さいました。その右手が震えていたのを思い出します。
少なくとも県下水道行政に定年まで真面目に職員として関わってきたその方の、職場に対する誇りをかけた発言だったと今でも信じています。

稲荷山の改築で大きく方針転換したあの夜、木材業者とそれに関係する議員が直接知事に会ってその直後県の方針が変わりました。そこに何の因果関係がないと言えますか? 司直も関心を持っていたとしても今回は取り上げられる問題ではありませんでした。今の時点では法的には問題ないとしても、それで良いのでしょうか?
この事も、私たちの調査に協力して頂いた長年この問題に関わっている職員さんがその時「唖然とした」と話されているんです。「こんな事があるのか」と。

職員に「だいじょうびかの~」とメールを打ち、曖昧のままでしたが知事という立場から部会に対して圧力をかけているとしか解せない数々のメール、これも法的には問題なかったとしてもそれで良いんですか?それで。  もし同じ事を村井知事が職員に対して行ったら、どうなんでしょう?

やっぱり おかしいんじゃないですか? 変じゃないんですか?

今回異論を唱える県議さん方は私が知る限りは、県議会の中ではかなり“潔癖”な皆さんです、そういった皆さんそれで良いのですか?
それこそただ前知事をかばうだけの行動になっていませんか? あなた方は県議として一部県民皆さんだけに顔が向いていませんか?

皆さんのお仲間でない大多数の県民の皆さんにも、この事は前知事の取った行動は正しい事と胸を張って言えますか?
言えるならそれは良いです、でも同じ事を村井知事がやったら(もちろんやらないと思いますが)それでも何ら問題ないと、あえてそれを非難した県議たちが悪いと思われますか?

私は確かに法的な問題として告発した者ですが、政治家の良心としても訴えたつもりです、法的に問題がなければよいというなら、ざると言われようが何と言われようが今の政治資金規正法から逸脱しなければ、不明朗であっても問題なし、と言うのと変わらないと思います。 政治家にとって良心の問題は法的な判断よりプライオリティーは高いと思います。
まず政治家としての良心ありきだと思いますがいかがでしょうか?
もちろん政治的にこの事を利用しようとする政治勢力は論外だと思っています。

 私は法律のプロではありません、まして今は県会議員でもありません、ただのプラスチック屋のオヤジです。 ですから法的な云々は解りかねるところもあります。
でもおかしいものはおかしいんです。 

と負け犬の遠吠えになってしまいましたが・・・・ 

法的にはこの問題は処理がつきましたが、私はおかしなものはおかしいと主張していたあのころの自分と仲間が大好きです。

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2007年9月17日 (月)

総裁レース

いよいよ昨日のテレビ番組で自民党の総裁レースはいよいよ国民的な関心事になってきました。
私は何度も書いているように自民党の党員です、ですから今回のこの総裁選びは当然大きな関心があります。
ここでテレビや新聞によるお二人の見解や発言を聞いていて感じた事を書きます。

私は結論から言うと どちらが良いかと言われればよく解りません。
というのは麻生さんの方が政権や政策に対して逃げていない、つまり道筋や方向をきちっと説明し、なおかつその論理も整合性がとれていると思います。
例えば消費税についてもかなり突っ込んだ見識をお持ちのようで、福祉目的税として国民に訴えていく、という考え方には大いに賛成できます。
またテロ特措法についても新法として考えるという点では、福田さんより一歩前に向いた考え方だと思います。

また一方の福田さんは消費税のような、国民的な反対がおきそうな問題についてはモゴモゴと言っているだけでよく解りません。つまりは皆さんと大いに議論をしていきたい、と言うような言いようで結論を出しませんでした。テロ特措法の問題もしかりだと思います。また民主党との姿勢も「話し合い」というスタンスを大事にしてます。

現実国会議員・代議士のほとんどの票を獲得している福田さんですからこのまま行くと恐らく福田さんになるでしょう。

はっきり言わない、道筋をお明確にしない福田さんがダメなのかと言うとそうでもないのです。
つまり参院の逆転現象があり、国政の運営が非常に困難な時は、あまりズバズバものを言う人間より、「まあまあ」と言いながらその場を作っていく人の方が成功する事もあります。

つまり解りやすく言えば、国政の改革を一層進めるというスタンスに立てば麻生さん。この難局を打開し安定的な政策運営を望むなら福田さん。と言う事になります。

あるマスコミに派閥政治の復活というようなセンセーショナルな見出しが踊っていますが、派閥と言うより「寄らば大樹の陰」的な発想でほとんどの自民党議員が動いている結果が、福田さん有利に動いているのだと思われます。

昨日秋葉原で麻生さん演説したようですが、若者から喝采がおきたとか、かつて小泉さんが圧倒的な国会議員の支持を取り付けていた橋本さんを、圧倒的な国民の支持を背景に破って総裁になったように、今の政治は国民世論がどのように動くかが大きなポイントとなります。
言い方を変えれば 小泉さんの再来と言われ改革を全面出す新しいタイプの麻生さんか、仲間を大事にし小泉改革の闇の部分に光を与えていく古いタイプの福田さんか、自民党が出す結論は、日本の政治の歴史の中で、後世大きな転換点だったと言われる総裁選だという気がしてなりません

ともかく皆さんが関心を持ってもらう事が大事かと思います。

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2007年9月16日 (日)

突然の辞任2

あれから国政は大混乱です、たしかに一国の総理=代表者が 何の前触れもなく辞めてしまったのですから。 驚きです。

自民党の後継者レースも福田さんが一歩というか、かなり大きなリードで流れが出来ているようです。
麻生さんが属する派閥以外は表面上はほぼ全派閥福田支持という流れのようです。

様々な評論家がコメントしてますが、私はこの流れは、この先行きかなり舵取りの難しい政局に、「我こそは!」と名乗り出る自民党の政治家がおらず、従ってな何となく手を挙げてしまった福田さんに流れが行ってしまった、そう思ってます。
仮に総裁=総理大臣になってもかなり国会運営は骨が折れる仕事になります。その上次衆院選に向けての戦略や世論形成も行わなければなりません。

想像ですが場合によれば、難しい国会運営ゆえ政権基盤の弱い、そしてかなり短命な総理で終わる可能性もあります。次を狙う事はあっても今回は見送ろうという気持ちの方が多いのではないかと思ってしまいます。

私も自民党党員ですから今回の事はいわば身内の話です、しかし身内の話ですが、今の衆院の勢力から言えば、自民党総裁=内閣総理大臣 となるわけです。
従って身内話というレベルにおいておく訳にはいきません。

福田 麻生 両氏はテロ特措法など中々国民が理解しにくい政治課題をこの機会に全国民にわかりやすく説明し議論して欲しいものだと思います。

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2007年9月13日 (木)

県土地開発公社

 今朝の信濃毎日新聞に「県監査委員は12日、県の一般会計と10特別会計、公営企業会計、病院事業会計の2006年度決算を対象にした審査結果をまとめ、村井知事に意見書を提出した。土地開発基金から県土地開発公社へ貸し付けている70億円の償還と、同公社が抱える含み損(保有地取得価格と時価の差)約60億円の解消に向け、早急に協議するよう求めた。」との記事がありました。

この問題は今更ながらの問題です。というのは県の外郭団体の見直し議論が高まる中、私も多少勉強したのですが、団体自体の整理を進める上にこのお金の問題が大きくのしかかっているのです。

つまり外郭団体としての県土地開発公社は時代と共に一定の役割を終了し、整理の時代に入ったと仮にしても、県が出資した多額のお金をどうやって県に返済していくのかが問題になります。
法的に問題があるかどうか解りませんが、仮に公社が塩漬けにしている土地を公社の取得額で県が買い取れば、県は大きな含み損を出してしまいます。
県という公的な機関が、現実に簿価と実勢価格の差から差損が出る売買を承知で行うこと自体公金支出の上でかなり問題になります。しかもそれだけでは貸付金の償還はできません。

さりとて県の貸付金をしなの鉄道の時のように免除すると言う理屈も、公益性という観点から考えると、しなの鉄道と違い土地購入代金ですから簡単に理解を得ることは難しいと思います。
問題はこれをどのようなスキームで解決していくか一日も早い方向を出していくことが大切かと思います。 と言っても「無い袖は振れない」訳ですから、最後は県民負担をどのように納得いく形で求めて行くにかかっているような気がします。

ただ最近のニュースで国もこの問題について今後考える、という事が出ていました。もしかしたら、県では水面下で国との協議が始まっているのかもしれません、だからこそここで大きくマスコミに取り上げられるような報告があったのかもしれません。
国との協議の進展を知りたいものです。

いずれにしても県のみならず各市町村でも同様な悩みを抱えているわけですから、県政の問題と言うより国政の課題という方が正しいかもしれません。

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2007年9月12日 (水)

突然の辞任

安倍首相が突然辞任しました。
麻生幹事長には少し前から辞意は伝えていたとの報道もありますが、いずれにしても突然のことで驚きました。

夏の参院選で民主党に大きく負け、その進退が注目されていましたが、すかさず続投を表明したあたりは、北朝鮮に対しての圧力外交と同じ、事の善し悪しは別として安倍さんらしい判断だと思っていました。

ただ私から見ればあの時踏みとどまったなら、なぜここに来て辞めるのか理解が出来ません。
もし自民党総裁として自民党の支持率アップと内閣の支持率のアップを狙うなら、注目されているテロ特措法について正々堂々と議論するべきだったと思います。
各種世論調査でもテロ行為阻止自体についての国民の賛成は得ているのですから、もうすこし展開があったような気がします。

洋上での給油行為について私自身も不勉強ですが、中々その実態とその効果が伝わらないのが現実です。恐らく多くの国民は正確な判断できる情報を持たず可否を結論づけているものと思います。
例えばアメリカを中心とする対外関係 国連決議の範囲 参加国とその装備 そして大事なその効果 などなど ほとんどの国民はよく解っていない問題だと思います。

であるなら辞めるまでの覚悟があるなら、なぜそれをしなかったのか。
戦略的に考えれば、民主党と正々堂々と議論して国民世論を喚起すれば理解する国民も少なからずいるのではないかと思います。場合によれば問答無用の中止案の民主党に対して「そりゃ行き過ぎじゃないの?」という世論形成もされるかもしれません。

もちろんこれは仮定の話ですが、そういった流動的な政局を目前にして辞任する安倍さんの真意が政治を志した一人の人間として理解に苦しみます。

先ほど出たばかりのニュースなのでまだ正確な情報がなく、これから総理周辺から様々なことが解ってくると思いますが、今の時点では私の考えは以上です。

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2007年9月11日 (火)

省エネ

先日ある機械メーカーさんと話をしていておもしろいことをお聞きしました。

私の仕事は成形加工業です、解りやすく言えばプラスチック屋と言うことになります。ですから当然使用する機械は成形機となります。私の会社の設備は比較的能力から言えば中規模クラスから小規模クラス(射出容量でとらえた場合です)です。
成形機の寿命は法定償却年数は別として、メンテナンス次第や使い方次第では20年や30年は使える機械です。

しかしながら、私の業界も日進月歩で技術は進み、最新鋭の機械の能力はすばらしいものがあります。特にここ10年で目を見張る進歩は動力関係の進歩です。成形機は従来は油圧で動かしていました。つまりモーターで油圧ポンプを回し、そのエネルギーでシンリンダーを動かして仕事をしてました。 
ところがあのロボットで有名なファナックさんが25年ほど前からサーボモーター制御の成形機を作り出したのです。

当然電気エネルギーを油圧エネルギーに変換して仕事をするより、直接モーターを使って電気エネルギーを仕事に変えたほうが効率は上がります。また成形機の場合冷却時間と言って何にもしないただ製品を冷やしている時間が必要なのですが、油圧の場合はこの時間もアイドリング状態にあるため油圧ポンプは動いてます。負荷はないので電気はこのときはあまり消費しませんが、それでも電気は必要です。
ところがモーター式の成形機ではこの冷却時間のエネルギーは全く使いません(一部制御とコンピューターの冷却ファンぐらいは回りますが)、この2点でモーター使用の成形機(電動成形機と普通は言います)は省エネです。

どのくらい省エネ化かというと使用頻度や成形条件などによって大きく異なりますから一概には言えませんが、我が社の該当する古い機械に比べて金額換算で年間100万円ぐらいの試算が出来ます。
最新鋭の機械はこの規模だと1300万円ほどですから、法定償却6年でも600万円のコストダウンが出来ます。初めに書いたように機械は通常でも10年は使いますから電気代の差額だけで機械代が出てしまと言う計算になります。
これはコストと言う点から見た話ですが、これをエネルギーの消費という点から考えると、これだけの省エネは=地球温暖化防止に役立つことになります。

長野県ではCo2削減の取り組みが遅れていると言われています。そこで大きなCo2の排出要因である製造業や運輸業などの産業界に対して、長野県が新規の設備や車両の導入を促進する設備貸与制度や制度融資を作ればいかがでしょうか?

従来の設備が排出したCo2との差を明確に算出することが出来ますから、この事はかなり大きな排出抑制につながると思われます。

国では省エネ促進の特別税制がかつてはありました、これは一定の国が認定した機械設備を導入すると、特別償却が認められるという税法上のメリットのある制度でした。
これはこれでいいのですが、県ではもうすこし積極的に考えて、Co2削減に貢献できる設備や車両の交換を促す施策を考えるのはいかがかと思います。当然ですが最新鋭の設備の導入は業界的にも競争力をつけることになります、他県の同業種に比して長野県の優位性を打ち出す施策とも成り得ると思います。
一石二鳥とまでは言えないかもしれませんが、一度は考慮してほしい施策案だと思いますがいかがでしょうか?

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2007年9月 6日 (木)

少しは指向を変えて

最近思う事があります、それは人生や運命そして人と人との関係、そういった事柄についてです。
例えば以前書きましたが、アメリカ産牛肉の輸入禁止処置後苦境に立たされた吉野家が、これを好機として捉え、今までの「脱牛丼」を一気に進めることが出来ました。
また、身近な政治の世界ではあるところの市長選に落選された方が、その後県議として当選され今では県政において十分力を発揮して活躍されている方もいます。

こういった例は枚挙に暇がないわけですが、一個人に考えても生まれ成長し老いていく、そういった中で一日たりとも同じ日は無いわけであり、日々変わっていきます。
先述したように状況の悪化を乗り越えてすばらしい結果を生み出す事もあれば、書きませんでしたが、そのまま堕ちていく人生もあります。

ではそれは何をもってその先の人生が別れていくか、成功と失敗の分岐点は何か?

古今東西この事に先人は様々な言いようで触れています。そして未だかつて正解がないと言うことは、恐らく究極言ってしまえば人それぞれだと言うことだと思います。
こういった中で私は恐らく絶望 失意 そういった中でいかに前向きに思考を巡らすことが出来るかだと思います。
例として不適当かもしれませんが、解りやすいので例として、失恋したとき人は大きな失望と無常観に陥ります。確かにその気持ちが深ければ深いほどその感情は大きいものがあります。
しかし、その気持ちとて一時的なものであることは経験から解っていますが、しかしご当人にとってはそういう慰めは何の意味もありません。

でも、考えようで、人生のうちで失恋の悲しみなど、普通の人はそう幾たびも経験はしません。少なくとも毎年来るお正月のお屠蘇気分ほど多くはありません。
そう考えると、「たまにはそういう気分を味わうのも、生きている実感を再認識する事だよね、人生数少ない経験を今味わっているんだ」そう考えれば少しは気も休まります。
つまりものは考えようで、よく例えにある「コップ半分の水」の例にあるように、目の前の事象は現実としても、それさえも考えようで変わる。事が起きた当初は回復は出来ませんが、落ち着いて冷静にそして前向きに考えれば心の持ちようも変わると言うことだと思います。

そしてもう一つ大切なことは、世の中はそして自分自身も変わっていく、もうすこし積極的に言うと、同じところにとどまっている事など絶対あり得ないと言うことです。
鴨長明の方丈記にある世界観無常観は理解できます、ただその無常観を「だからどうでもいいんだ」と考えるか、「だからこの苦境は何時までも続かないんだ」と考えるかで大きな違いが見いだせます。
「前向きに考える」 あまりこればかりでも疲れますが、やはり基本はこれでしょうね。

などなど 従業員さんが帰った誰もいない工場で機械の音を聞きながら考えています。

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2007年9月 5日 (水)

村井知事誕生から その2

やはり1年たつとマスコミの村井県政特集は多いですね。ところで前回は比較的良い点を上げてみました。先日市長会の会場で市長の皆さんに村井県政について意見を求めていました、概ね良好な意見でした。それはある意味当然で今回の村井知事誕生に大きな役割を市長会も果たしているのですから「さもありなん」だと思い聞いておりました。
久しぶりに大町市長の牛越市長のお顔も見ることが出来懐かしくも思いました、市長は私が県議時代に初めて入った土木住宅委員会で土木部監理課長として在籍し、いろいろご指導頂いた方で、思い出の多い方です。

それはともかく前回書いたように村井知事誕生は全て良かったのか?この点については私は当然疑問も持っています。
それは杞憂であれば良いのですが、一言で言えば時計の針が逆回りを始めないかと言うことです。
別に村井知事が逆回しをしようとしているとは思いませんが、県職員 県議会 関係諸団体、そういった皆さんが何か昔への郷愁を持って少しずつ針を戻しはしないか心配なのです。

吉村知事の時代を全て否定する気はないのですが、私は当時(これは当時としては当たり前だったのかもしれませんが)行政の説明責任というものについての意識が希薄だったと思わずにはいられません。この感覚がまた蘇るのではないかというのが私の危惧です。

一番良い例が議会と県執行部との関係です。議会は当然執行部に対して説明責任を求めます。例えば新規事業を起こす場合、なぜこの事業を起こすことになったのか、その背景は何か、予算は適正価格か 等々です。ところが議会と執行部が「阿吽の呼吸」でお互いの仕事を「容認」し始めたら、説明責任も何もあったものではありません。もっと言うと、地域要望を叶えるためには、あまり話を一般質問で詰めない方が良い、その先は夜に別会場で・・・・ 等と言う事さえ生まれかねません。
一般県民は一般質問を聞いているわけですから、その後ろでやりとりされている事など知るよしもありません。

これが始まってしまうと 県政はブラックボックスに入ってしまい、いずれは大きなしっぺ返しが来るものと覚悟しなければなりません。
一例ですがこれが村井県政に対する大きな危惧です。もちろん危惧が危惧で終わればいいのですが。

ところで先日田中前知事に対して不起訴の処分が出されました、この事はまた後日書きたいと思います。

 

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