少しは指向を変えて
最近思う事があります、それは人生や運命そして人と人との関係、そういった事柄についてです。
例えば以前書きましたが、アメリカ産牛肉の輸入禁止処置後苦境に立たされた吉野家が、これを好機として捉え、今までの「脱牛丼」を一気に進めることが出来ました。
また、身近な政治の世界ではあるところの市長選に落選された方が、その後県議として当選され今では県政において十分力を発揮して活躍されている方もいます。
こういった例は枚挙に暇がないわけですが、一個人に考えても生まれ成長し老いていく、そういった中で一日たりとも同じ日は無いわけであり、日々変わっていきます。
先述したように状況の悪化を乗り越えてすばらしい結果を生み出す事もあれば、書きませんでしたが、そのまま堕ちていく人生もあります。
ではそれは何をもってその先の人生が別れていくか、成功と失敗の分岐点は何か?
古今東西この事に先人は様々な言いようで触れています。そして未だかつて正解がないと言うことは、恐らく究極言ってしまえば人それぞれだと言うことだと思います。
こういった中で私は恐らく絶望 失意 そういった中でいかに前向きに思考を巡らすことが出来るかだと思います。
例として不適当かもしれませんが、解りやすいので例として、失恋したとき人は大きな失望と無常観に陥ります。確かにその気持ちが深ければ深いほどその感情は大きいものがあります。
しかし、その気持ちとて一時的なものであることは経験から解っていますが、しかしご当人にとってはそういう慰めは何の意味もありません。
でも、考えようで、人生のうちで失恋の悲しみなど、普通の人はそう幾たびも経験はしません。少なくとも毎年来るお正月のお屠蘇気分ほど多くはありません。
そう考えると、「たまにはそういう気分を味わうのも、生きている実感を再認識する事だよね、人生数少ない経験を今味わっているんだ」そう考えれば少しは気も休まります。
つまりものは考えようで、よく例えにある「コップ半分の水」の例にあるように、目の前の事象は現実としても、それさえも考えようで変わる。事が起きた当初は回復は出来ませんが、落ち着いて冷静にそして前向きに考えれば心の持ちようも変わると言うことだと思います。
そしてもう一つ大切なことは、世の中はそして自分自身も変わっていく、もうすこし積極的に言うと、同じところにとどまっている事など絶対あり得ないと言うことです。
鴨長明の方丈記にある世界観無常観は理解できます、ただその無常観を「だからどうでもいいんだ」と考えるか、「だからこの苦境は何時までも続かないんだ」と考えるかで大きな違いが見いだせます。
「前向きに考える」 あまりこればかりでも疲れますが、やはり基本はこれでしょうね。
などなど 従業員さんが帰った誰もいない工場で機械の音を聞きながら考えています。
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コメント
こんにちは。
失恋のたとえ話は分かりやすいです。恋愛に限らず、人と人との関係ですから、時には傷つき、逆に傷つけることもあるかもしれません。
また、対個人だけでなく、環境の問題もあると思います。
田中前知事の頃の県政では、県職員のメンタルヘルス障害が激増した、自殺者が増えたというニュースがあったかと思います。村井県政になって緩和されたという話もあるようですが、知事周辺に限定しての傾向というのならともかく、知事がどうだから県職員が全般的にメンタルヘルス障害になる傾向が変化するということも変ではないのか、田中県政時代をネガティブに捉えようとしての誇張や嘘があるのかもしれないのでは、とすら思います。田中県政の時に激増したとされるのは、穿った見方をすれば、今までは潜在化していた症状の職員を田中県政になってからカウントして拾うことができるようになっただけかもしれませんし、村井県政になってから減ったのは組織の癌であった当時の幹部数人が去ったからという以外の理由があるようにも感じられません。実態はどうだったのでしょう。
前向きに進み、気分転換を図るにしても、一人でそれができる人は障害になりにくいですから、むしろ組織としてのメンタルヘルス対応、職場環境としてのメンタルヘルス対応、その辺が問題になると思います。県庁においてはどうなのでしょう。
私が見る限り、県職員に時折見られる慇懃無礼さやお高く止まった様子などは、吉村県政の頃から基本的には変わっていないのではないかと思っています。
県職員の意識や対応についても、知事交代などにより変わった、変わったといわれ、その都度そうかもしれないなと思ってみましたが、長い目でよく見ていれば、あまり変わっていないのではないでしょうか。
すみません、県庁のことばかりになってしまいましたが、清水さんの職場として何か心がけていること、みたいなものはありますか。
私の職場では、上司がではなく、同僚仲間同士が常に声を掛け合うようにしています。
投稿 きたはら | 2007年9月 8日 (土) 14時45分
洋さん、お久しぶりです。
自分のホームページを閉じてしまったので、高見沢さんと洋さんのページを楽しみに見ています。
相変わらず、冷静で前向きな洋さんの姿勢に感心しています。
高見澤幹事長も変らず県政の報告をしてくれていて、県政を離れた者としては、報道だけではない実態を見る事が出来て有り難いです。
今、自分はまだまだという感じです。
すべてを覚悟しての判断であった筈なのに、先の事は何も考えていませんでした。
仕事があるから大丈夫と思っていたのですが、何年も仕事から離れていて、ある意味有り難いことかも知れませんが、息子がしっかりやっていて自分の居場所は既に無いという感じです。
この20年間、自分のすべてをかけた仕事が出来たと思っています。
残念ながら、今はそれが有りません。
今は、行く先も見えず不安も有ります。
心の底から情熱を傾けられる仕事や自分を生かせる場所を見つけるに至っていません。
もう暫く時間が掛かりそうですが、焦らずゆっくりと考えたいと思っています。
只、元気で居りますので御心配なさらないように御願いします。
お世話を掛けましたが、有り難う御座いました。
又、御会い出来る日を楽しみにしています。
投稿 清水保幸 | 2007年9月10日 (月) 00時23分
きたはらさん。
コメントありがとうございます。ご指摘の点いくつかありますね。
初めの田中知事時代の職員さんのメンタルヘルス障害増加の問題と、村井県政に入っての違い、そして田中知事時代は表面化し、かえって見えてきたのではないか?
この点については後半の部分は当たっているような気もします、というのは田中知事時代は知事本人はともかく、当初は職員さん方もかなり情報公開については神経質になっていたので、それで表面に出てきたと言えるかもしれません、ただ知事が代わった事でメンタルヘルス障害が減るというのは、仰るようによく解りません。議員の皆さんの調査を待ちたいところです。
県職員の態度が変わっていないとのご指摘ですが、私は少なからず変わったと信じたいと思っています。問題は少し変わったとして、それが戻っていくようであれば問題だと思っています。県民こぞって注目すべき事だと思います。
会社での取り組みですが、私どものような中小零細企業では特別なプログラムはありません。小さい会社ですから社長がとにかく現場で出て従業員さんの話を聞く、これしかないと思っています。 すみません回答になっていなくて。
保幸さんこんにちは。
いつもご覧頂きありがとうございます。
そうですね職場に戻った私も居場所が最初はなくて困惑しましたが、今ではすっかりプラスチック屋のオヤジになっています。
そうはいっても保幸さんの居場所はなくと、もしっかりした息子さんがおられるのですからいいですね。きっと居場所はそこじゃないって事だと思いますよ。
私が言うのも変ですが、しばらくは充電しましょう。急いできた人生この辺でちょっと一休み。 とにかく元気なら何よりです。
またみんなで会いたいものです。
投稿 清水 洋 | 2007年9月11日 (火) 09時49分
いつも清水 洋さんのブログを楽しみに拝読しています。HPやブログに活動報告や日記をお書きになる県議さんが少ない中、清水さんのこのブログは光っています。存在感が大きいです。ありがとうございます。
さて、清水保幸さん、コメントを読ませていただきました。息子さん、頼もしい限りですね。洋さんがおっしゃるように、今は充電期。どうぞお身体に気をつけてください。
私たち県民は清水 洋さん、保幸さんの県政や社会に向ける情熱、温かさ、実行力を忘れていません。
私は全く力のない一県民ですが、県政や社会をマイペースで引き続き見ていきたいと思います。
これからもご指導をよろしくお願いします。
投稿 一県民 | 2007年9月12日 (水) 08時09分