情報公開
近年 特にここ数年大きく叫ばれているのが情報公開と説明責任と言う言葉だと思います。
もちろん民主主義が機能する大前提に情報公開があります。そしてその結果として説明責任があります。もちろんこれは表裏一体の時もありますが、それぞれ独立した事柄の時もあります。
要はいつも書いてますが、広く住民から集めたお金(税金)をどのように何にいくら使うか、そしてその結果いくら使ってどうなったか。
これが情報公開と説明責任の基本的なあり方だと思います。
では今の今の長野県政でこの事が十分に行われているか?この事については大いに疑問を感じます。
田中前県政の時のような異様とも思える県民の政治への関心が急速にさめ、いまや県政はかつてのような遠い存在になろうとしてます。
ではそれで良いのかと言う問題と、そうさせた原因は何か? と言う点になります。
第一にそれで良いのかという点については、当然良いわけはなく、この状態はいずれどこかに大きな綻びとして現れ、気がついたときには取り返しがつかない状況が生まれる可能性があります。つまり無関心が引き起こす破滅への道を進む可能性があるからです。
分かりやすく言えば、吉村県政時膨大に膨らんだ県債(県の借金)の責任と悲劇的な状況を過大に訴える事で田中県政が誕生しました。
今更悪く言っても仕方ないのですが、田中前知事が真摯な態度で県政に取り組んでいればそれは、結果オーライだったかもしれませんが、不真面目で思いつきの何の具体的な目標もない政策を行う人物でも、前政権の批判さえ当を得てれば選挙で当選してしまうと言う、言わば「衆愚政治」的な状況を生み出す原因にもなります。
そもそも吉村県政下においても県は末期にはかなり財政的な困難さを訴えていたのですが、県民にその声は届かなかったと言えます。
そういう意味では田中康夫さんの言葉は県民にとってインパクトがあったと言えます。
そして県民の政治県政の感心を無くさせたその原因は何か?となるのですが、この事は後日書きます。
ある方がこのブログをいつも読んで頂いているという事でしたが、「長すぎる」との叱りを頂きました。 反省して簡素にできるだけ簡素にしたいと思います。
読み返すと自分でも「長いな~ もっと的確な言い回しができないかなあ」と反省しきりです。
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