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2008年4月

2008年4月30日 (水)

ガソリン価格値上げ

様々なブログがネットを賑わしているけど、どれもこれも写真があって結構賑やか。
どうもこのブログは足りない気がします。
もう少し考えないと・・・反省

恐らく(これを書いている時点では再可決していないので)このままではガソリン税は暫定税率が復活して、1L=160円以上という値段になってしまうのでしょう。
もう何度も何度も書いてますが、道路特定財源は暫定である分についてはもう暫定というのはダメでしょうね。少なくとも来年度からは暫定というのは通用しないでしょう。
でも今年は各自治体が当初予算で組んであることと、抜本的な道路に対する政策が立ててありませんから今年度が致し方ないと思っています。

福田総理が一般財源化を先日表明したなら、野党が言うように5月12日にも再可決しようとしているの道路整備財源特例法改正案は矛盾してしまいます。これについては10年間というスパンで考えている道路政策を見直しすという事であるなら、それを改正案に盛り込まないと総理の表明はおかしなものになってしまいます。

各マスコミも揃って報道してますが政治の混乱によって庶民(この言い方は嫌いです)に迷惑をかけている。 まさにその通りです。

ところで蔵出し税のガソリンはなぜ即日値上げになるのでしょうか? スタンドの在庫には税金がかかっていないのでは? となると慌てて並ばなくてもいいかと思いますが・・・
マスコミはこの事を伝えず、スタンドに並んだ長蛇の列をおもしろおかしく伝えているだけです。

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2008年4月29日 (火)

お陰様で

お陰様で今日でこのブログもちょうど一年経ちました。
アクセスログを見ればこの間34,000名を越える皆さんにご覧頂き、一日平均では約90名となります。
そして160回を超える更新をする事ができました。これもご覧頂く皆様があってのこと、感謝申し上げます。
もちろんこのアクセスログは個人を特定できませんからご安心を下さい^^

ところで一番アクセスが多かった日は1600アクセスを越える日がありました。それは昨年の6月29日の光市の母子殺人事件の被害者の夫である本村さんの事を書いた日でした。
ちなみに一番多くアクセスを頂いているプロバイダーはnagano.jp つまり県職員関係者の皆さんです。比率では47%程になります。いずれにしてもこのブログは後援会活動や選挙の準備活動には効果は少ないかもしれません。
海外からも僅かですがアクセスがありました。恐らく県関係者か日本を研究している方のアクセスかと思います。そして割と多いのが大学。研究機関からのアクセスです、これには少々驚きました。

一年経ち今日からブログのデザインも少し変更しました。写真を無くしてすっきりしたデザインにしました。気に入っていただけるでしょうか?ご意見があればお寄せください。

ご意見と言えば多くの皆さんからコメントをいただきました、もちろんご批判もあり、応援もいただきました。本当にありがたいことです。こういった皆さんとのやりとりをしながら自分自身もっと成長できたらと思っています。
一年経ったと言うことは 県議でなくなってから一年が経ったと言うことです。
かつての仲間の県議さん達や県職員さんなどから様々な情報をお聞きしますが、それもこれからは徐々に少なくなっていくと思います、しかしいつまでも自らの感性のアンテナを磨くために県政はじめ色々な問題を取り上げ書いていきたいと思います、そして願わくば日本が長野県がそして地域がより良くなることを祈って続けていきたいと思っています。

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2008年4月28日 (月)

山口 補選結果感想

衆院山口2区補選は大方の予想通り民主党の候補が自民党の候補を破りました。

当初から自民党苦戦が伝えられ、加えて後期高齢者医療の年金からの引き落としが選挙期間中にあるなど、自民党の候補にはまさに逆風の選挙だったと思います。私はその割にはさすがに保守王国山口県、思った以上には票差が無かったと思っています。

ところで今回の選挙先述したように、自民党候補には後期高齢者医療の自己負担金が年金から引かれるという最悪のタイミングになってしまった訳ですが、本当にこれでいいのか?と言う思いがあります。
私は敢えて誤解を恐れず言えば、以前から書いていますが負担と受益という面でどうしても今の国民的な世論は理解できない点があります。
負担が増える事に対する不満から投票したのであれば、選挙というのは人気取りそのものになってしまうと危惧してます。ただ負担が増える事が気に入らない、と言うだけ投票行動が決まるなら、極端な話日本の赤字財政は永遠に解決できません。
以前の書きましたが日本は国民負担率は西欧諸国に比べればかなり低いのですが、福祉のレベルは、それほどでもないにしてもアメリカなどよりはかなり高くなっています。


簡単に言えば高福祉は高負担でしか実現できないのです。しかしそれを言うと選挙で負けてしまいます。ですから時の政権(多くは自民党)は負担については「国の借金」という曖昧な、誰の責任とも解らない、国民一人一人が実感できない将来の負担で誤魔化してきました。
そして国民もそれに慣らされてきました。従って正直に「福祉はお金がかかるんです、ですから皆さん出してください」とは言えなくなってしまいました。
そして高福祉には高負担と言い出すと、マスコミあたりがすぐさま、そうは言ってムダな税金を使っているではないか、箱物はムダな行政の典型だ、あの橋もあの道もムダな公共事業だ、やれあの公務員は給与が高いだとか、以前にもありましたが公務員の福利厚生のバットだとかカラオケセットなんか税金で買っているのはけしからん、等と言いだし本質的な負担と受益という点についてはマスコミも言及しませんでした。
それもそのはずで、大きな目で見れば高福祉は高負担なのですから、高福祉を求める番組を作れば結果高負担を求める番組を作らざるを得ません。
無い袖は振れないのです、その無い袖の原因は国民の低負担にあるのではなく国や公務員のムダ使いにあるというのがマスコミのスタンスです。
何度も書いてますが、では国や公務員に大いに問題があります。それらに目をつむって税金を上げて福祉を行えと言うのではありません、しかし高福祉を求めるのにもかかわらずこれ以上の負担はできないというのもおかしいと思います。

もちろん所得の少ない高齢者や障害者などいわゆる社会的な弱者も一律高負担せよと言うのではありません、そういう方々を守るためにもある程度の負担は必要だと言っているのです。
そして行政はいかに効率よく無駄なくそしてきめ細やかに低コストでサービスするかが肝心であると思います。そうして生み出されるお金を福祉施策に使う。政治家は堂々と国民に負担を求め、その代償として国民が望む福祉社会を実現していく、これが本当の政治のような気がします。

山口の補選のことではないですが、できもしないことをやるやると言ったり、批判ばかりで何の代替案もない、そんな選挙公約を言う政治家に票が集まることが理解できません。そんな政権に責任ある政権運営ができるとは思いません。しかしでは自民党がいいかというとそれも問題が多すぎます。
そろそろ国民も政治家も大きく脱皮しないと日本は本当にダメになってしまう気がします。

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2008年4月26日 (土)

聖火リレー

混乱の中長野での聖火リレーが終わりました。
長野県警にはクレームとも思えるようなメールが来ているとニュースがありました。
確かに厳重な警備と中国とチベットそして見知らぬ旗、いつもの私が知っている長野市とは大きく異なりまるで日本で無い外国のようなテレビの映し出す風景でした。

長野駅前では大勢の人が集まっていたようです。萩本さんが走っているときにはモノが投げられたようだし、福原愛ちゃんが走っているときは妨害の男が飛び出てきたようだし、全体としては無事終わりましたが、小競り合いなどの事もあったようです。

今更ながら何のための聖火リレーだったのか?考えてしまいます。
オリンピックを応援するために旗を掲げて声援を送る、そのために日本中の中国からの留学生が全国から集まる。そして世界が注目するからチベットの自治を認めてほしいと日本中のチベット関係者が集まる。
中国からの留学生もただオリンピックを成功させたいという気持ちばかりでなく、チベットを応援する勢力に負けじと集まったのでしょう。

すでにこの聖火リレーは聖火リレーの域を脱しまさに政治的衝突現場になってしまいました。これで聖火リレーといえるのでしょうか?かつてベルリンオリンピックがそうであり、中止になった戦前の東京オリンピックがそうであり、日本がボイコットしたモスクワオリンピックがそうであるように、オリンピックの精神とはかなりかけ離れた、意味での国威発揚とそして政治的な意見表明・衝突の場になってきています。
果たして無事聖火は長野市を走りぬきました、でも成功なのでしょうか?今更ながら考えさせられる聖火リレーでした。

そして気になった警察の警備については、中継を見ていてスタート地点が善光寺から勤福跡になって警備的には成功だと思いましたが、できれば善光寺で全世界に向けて平和を祈ってからの聖火のスタートにしてほしかったと思います。しかし現実あの混乱では善光寺をスタート地点にしたら収拾がつかなかったようにも思えます。
全体として長野県警はよくやったと思っています。
もし何かあれば批判され、何も無くてもあれだけ厳重な警備をすれば厳重すぎると批判を浴びるでしょう。でも何かあってからではおそいのです、そう考えるとこれ以上しすぎという程しても今回の警備は仕方ないと思っています。
ともかく、長野の大きな“騒動の一日”は終わりました。

中国の人もチベットの人もそして国境なき記者の皆さんも、みんなで善光寺で平和を祈っお参りしてお帰りください。

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2008年4月25日 (金)

久しぶりの東京

久しぶりの東京に行ってきました。
取引先の会社が出品をしている展示会が東京ビックサイトで開催されており、勉強のため行ってきました。
空気、水 油などを使った機器の展示会で、それぞれに日本が得意とする技術ですから、見応えのある展示会でした。
特に興味があったのは各大学の展示でした、以前筑波大で見学したパワースーツと同じような試作品が展示されていました。これが実用化すれば障害のある人が普通に生活出来る可能性が生まれます、とにかくかなり広い分野の産業機器ですからいい勉強になりました。
翌日は我が社で使う新しい機械の試験に立ち会いに行ってきました。能力高い機械ですから導入されてからが楽しみです。

また帰りには秋葉原に行ってきました。秋葉原は中学時代からよく行った場所で、今でもその面影はありますが、小さな部品屋さんが所狭しと並んでいましたが、今ではそのほとんどはコンピューター関係のお店になってしまいました。
それでもそんな小さな部品屋さんに結構スーツ姿のビジネスマンが多いのですが、購入している部品を見るとメーカーの開発系の皆さんのようでした。恐らく日本のエレクトロニクスのかなりの基礎的な部分は秋葉原のこんな小さな部品屋さんから始まっているのかもしれません。
そして今の秋葉原で有名なのは“オタク”文化とそれから発生したメイドカフェです。
夕方になれば秋葉原の電気街側の駅前はメイド姿のお嬢さんが立ち並んでチラシやパンフレットを配っています。そんなお嬢さん達と外国から来た観光客の皆さんが写真を撮っている、昔の秋葉原からは想像できない風景でした。
それでも未だに電気オタクな私には秋葉原は聖地ではあります。

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2008年4月22日 (火)

光市母子殺人事件 予想通りでしたが

光市母子殺人事件で最高裁の差し戻しの判断を受けて広島高裁で今日「死刑」の判決が出ました。

以前にもこの事について書いてますが、被害者の夫であり父である本村洋さんの記者会見を聞いていて、本当にこの人は冷静できちっと判断ができる人だと改めて思いました。
ある記者が今回の死刑の判決が被告の年齢やその他の要因から死刑は妥当ですか?と質問をしたときに、「それはそのケースそのケースによって判断が分かれるものであります」と言いきり、一定のハードルを作って判断をすることは意味がないと言う見解を述べていました。
私のその通りだと思います、何人殺せば死刑でそれまでは無期懲役、等という一定のハードルを決めることは司法の自殺行為だと思っています。そういった言わば形式化した判断をしてきたから判決と国民の思いとがずれ、結果それが裁判員制度につながったものだと思います。裁判所がその事件一つ一つをにどう判断するか、決められた“慣例”という枠の中で決めるのではなく、原理原則に沿った刑事訴訟法の枠の中で考えるのが法治国家としてそれが一番の方法かと思います。

それにしても彼の表情はいつものように冷静で彼が望んだ結果が出ても高揚した感じはしませんでした。それもそのはずで被告の命を持ってその罪を償うという判断が出たのですから厳粛に受け止めるのは当然あると思います。誰もこの判決で幸せになる人はいません。彼がこのような事件によって被害者も加害者もこれかは出さない社会を作ってほしいと訴えたのが心に残りました。

話はちょっと変わりますが、最近BSで「手紙」という殺人者の兄を持った弟の映画を見ました、この中で「お兄さんのしたことは君もその罪を償わなければいけない」と言う意味のセリフがありました、恐らくこの光市の事件でも犯人の少年の家族はきっとそんな境遇にいるでしょう、気の毒だとは思いますが、それが犯人も含めた家族がとらなければいけない責任なのでしょう。そう考えると犯罪は結果 誰をも不幸にする、この事を再認識した日でした。

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2008年4月21日 (月)

聖火ルート変更

北京オリンピックの長野での聖火ルートが変更されました。
この問題は以前にもちょっと書きましたが、中国のチベットに対する武力での弾圧に対して世界各地で抗議行動がおき、特に今全世界を回っている聖火リレーがその標的にされているようです。
チベットの皆さんにしてみれば、聖火リレーに合わせて抗議するというのは千載一遇のチャンスであり、世界にアピールする格好のデモンストレーションであることは間違いありません。
そして本来なら“お祭り騒ぎ”だったはずの長野市での聖火リレーがこのようなことから、まるで戒厳令以下のイベントになってしまいました。そして先日ついにリレーのスタート地点を予定していた善光寺がスタート地点を辞退しました。

ニュースも世論も反応はそれぞれで、善光寺のとった対応をほめる論調が少し多いかなと思います。しかし私はこの善光寺の判断を間違ったのではないかと思っています。

今回のチベットに対する中国の姿勢を非難する行動を過日善光寺は行いました。私はそれは良いと思ってます。武力を使って自治を求める民衆を弾圧する。歴史的な経緯もあって、必ずしも独立を求めているわけではない、自治を求めているのだ、と言うチベットの人たちに対して武力を行使したことは許されるものではないと思います。しかもその中心的な役割を僧侶が果たしたとなれば、仏教の流れをくむ善光寺が同調して抗議するのは理解できます。しかし、聖火リレーはこの事とは違うと思います。
少なくとも抗議をするからこそ聖火リレーは粛々と行う、世界に向けてチベット問題を大いにアピールするには、そういうやり方もあるのではないかと思います。
表現の本質で言えば、なんだか暴力に対して乱暴な理屈で対抗しているような気がします。もう少し次元が違う対応ができなかったのかと思います。

争乱の中で辞退するというのでなく、聖火リレーは行うが、チベットで起きたことについては我々は許さない、それをしっかりアピールする、そういったスタンスで臨んでほしかったと思っています。

それにしてもそこまでして聖火リレーは行わなければいけないのでしょうか?よく解りません。

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後期高齢者医療制度

この4月より導入された後期高齢者医療制度について最近盛んにマスコミが取り上げています。
厚労省が言うように制度として高齢者とりわけ罹病率が高い75歳以上の高齢者に対して特別の医療保険制度を導入する必要があるのかもしれません。そしてこれからの日本は少子化に加えて高齢者の人数が多い、バランスの悪い人口構成になっていきます。
そういった意味ではこの制度も一概に否定できない、イヤむしろ何らかの制度を導入しないとやっていけなくなることは必至で仕方ないことだと私は“基本的”には思っています。

しかし今回の導入について厚労省が十分な説明を行ってきたかというとかなり疑問です。そしてこの制度のもとの保険証についてもその送達もかなり杜撰で批判を浴びました。たしかにやることがお粗末です。特に年金からの天引き問題ではただでさえ年金問題が整理されていない現時点では国民に批判は宜無からぬ事と思います。

しかし私はこの事についてマスコミの対応も腹立たしく思っています。
今日の昼の番組であるレポーターが厚労省の役人を解り難い制度だと責めていましたが、そもそもこの制度はすでに2年前から導入が決まっていた制度です。余談ですが1年以上前の現役県議時代に私でさえ衛生部の職員の方からこの制度について勉強会をしてもらいました。
ですから、今になって解り難いというなら、何で今までマスコミはこの事を放置しておいて、大騒ぎが始まってから厚労省や政府を責めているのか解りません。
制度が未熟でまだまだ問題があるのは理解でき、周知が徹底できていない不備は責められても仕方ないと思いますが、ではマスコミはその使命としてどうして今までこの事を報道してこなかったのでしょうか?

私に言わせればただただ怠慢です。大きな問題になると言うことなら2年間地道にこの問題を取り上げ追求してこなかったのでしょうか?ただ事が大きくなって国民的な関心が高まったので慌ててレポーターが厚労省に行って役人を責めている、この構図は私にはマスコミのレベルの低さをマスコミ自体が証明しているような気さえしました。火事の予防周知をしないでおいて、いざ火事になったらおもしろおかしく大騒ぎをする、この手合いと同じです。こういうのを無責任な野次馬と言うのです。

恐らく世の中には、この制度が法制化されたときから問題化し訴えてきた方もおられるでしょう、個人的には私はそういう人は評価し尊敬もします。しかしこの段になってさも社会正義ずらして役人を責めるあまりにもマスコミの程度の低さに腹が立ちます。

また、厚労省も老人医療費が今では約10兆円と言われて大変だ大変だと言っているなら、その対策にたった老人医療費の0.1%の100億円ぐらいの予算を使って、何でテレビスポットCMバンバン流し世論を喚起し周知を図らないのでしょうか? そうしないのは、国民に受けが悪い制度だと思ったからなのでしょうか?だったら受けのいいように改正すればいいのです。そういった臨機応変な対応ができなさすぎて硬直化している政府にも問題があります。

今時になって騒ぐマスコミも、周知の努力もしなかった厚労省もどちらも問題だと思います。 一番迷惑を受けているのが国民だという構図は相変わらず変わりません。

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2008年4月20日 (日)

お祭り・鼓笛隊

この土日は地元の松島神社の例大祭でした。そして子供たちの鼓笛隊の役員として地区を鼓笛隊と共に回ってきました。

私は今から10年程前には多少楽器ができると言う事で、7,8年指導者として関わった事がありました。その時と今では大きく違うことに多少驚きました。
そしてそれは少々オーバーに言えば日本の子育てが変わってきていると感じました。
一言で言えば「子供がだんだんひ弱になっている」と感じました、そして「それを作っているのは親である」と思いました。
こんな場面がありました。ある子供が行進をしている間に楽器が重くてお母さんに持ってほしいと頼んだのです、そのお母さんはさもあ当たり前のように楽器を子供に代わって持ってあげたのです、その区間は演奏しない区間でしたので演奏には影響無いところなのですが、あれあれと思い、そのお母さんに「それは子供が持つのもですよ、持たせなさい」と言ったのですが、ぶつぶつ言って結局お母さんが持って歩いていました。(支持者が減ったかな^^)
ほんの一例ですがこんなことばかりです。

子供は恐らく10年前も20年前も今と全然変わっていないと思います。変わったのは親です。昔は父親が付いて来るなんて無かったのですが、今日はかなり多くのお父さんが付いて来ていました。それが悪いとは思いません、でもそれは子供を庇いすぎることに繋がっているような気がします。
いくら疲れても最後まで歩き通させる、いくら喉が渇いても休憩までは我慢をする、いくら重くても自分の楽器は責任を持って運ぶ。どうしてこんな当たり前の事ができないのでしょうか?

確かに小学校低学年には多少距離があるかもしれませんが、遠足に比べればその距離はわずかです。今日は少々暑いぐらいの天気でしたが、脱水症状になるほどの気温ではありません、そしてちゃんと途中で飲み物を取らしています。楽器が重いと言っても小学校高学年にもてないほどの重さではありません、そもそもジュニアのパレード用の楽器です。

どうしてそれを親が手を出してしまうのでしょうか? 子供を大事にし伸ばそうとして、実はその芽をつまんでいるのは誰あろうその親のような気がしました。
10年前にも心配したのですが、今の方がもっと心配です。この子らが大きくなってどんな社会人として、親として社会を作っていくのか不安がよぎりました。

教育の家庭教育の重要性、とりわけ親の教育の大切さを感じた鼓笛隊パレードでした。

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2008年4月17日 (木)

災害通信

先日私が属しているアマチュア無線のクラブの皆さんとの会合(飲み会)がありました。
席上災害時の情報伝達手段としてのアマチュア無線の見直しの話が出ました。

電波法では災害時などには非常通信と言って、アマチュア無線の業務外の通信が認められています。よくニュース等で遭難者の出したSOSをアマチュア無線家が傍受して助かったというようなニュースが時々見られます、正確にはSOSではないし、このときは非常通信かというとそうとも言えない場合もあります。それはともかく大規模災害時における情報伝達の一助にならないかと言う議論がされました。

他市町村ではこういったときの対応をボランティアでアマチュア無線家がしている地域もありますが、箕輪町でありません。かつてはそういった構想や取り組みもあったのですが、状況の変化により一過性で終わってしまいました。もう少し安定的に組織化し町の防災組織に組み込んでもらえないか検討することになりました。大規模災害時にはもちろん携帯電話は使えないといったほうが良いと思います。また行政の無線網も大規模災害時に起きる火事や崖崩れなどの個別の災害に対応するだけで恐らくパンクしてしまいます。
そう言ったときに役に立つのがアマチュア無線だと思っています。

ハンディーと言われる手のひらサイズの無線機でも周波数によれば10km範囲は交信できます。また外部にアンテナを立てれば144Mhzなら北は諏訪、松本 南は飯田ぐらいなら交信は出来ます。SSBという電波の種類やCWと言うモールスを使えばちょっとしたアンテナで中京圏 関東圏 との連絡は可能です。これがHFという短波帯になればコンディションには左右されますが日本はもとより海外とも情報の交換はそれほど難しくなくできます。
また無線の良いところは1対1と言う通信ばかりでなく、携帯電話と違い1対多数という通信も出来ます、放送というイメージに近いものです。ですから伝言ゲームの様に情報を伝えなくても工夫すれば一度に全体に情報を伝達できます。

災害時の対応は情報が決め手だと思います、それも多ければ多いほどその情報の確度は上がってきます。点で上がってくる情報より線で上がってくる情報 そして面で上がってくる情報、段々とその地域の正確な状況が把握できてきます。
阪神大震災の時がそうでしたが、最初は情報量が少なく大した災害でないという事でしたが、時間と共に災害の全容がつかめると、大災害と言うことが判明しました。
もう少し早く把握できれば亡くなられた方を減らすことが少しでも出来たかもしれません。
そう考えると情報の大切さを感じます。

町と連携しながらそういった組織を考えていきたいと思っています。また大規模災害時は箕輪町一町の被災と言うことはありませんから、市町村を越えた連携も大切かと思います。
広域で対応する事が大切かもしれません。そして最後は県レベルでの対応も必要かもしれません、もう少し勉強してみたいと思います。

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2008年4月16日 (水)

竹内議員メルマガ

本日 竹内県議のメルマガが配信されました。トップは全国オンブズマン連絡協議会による「全国情報公開度ランキング」の結果であり、長野県議会がダントツのトップだというニュースでした。

オンブズマンの皆さんが一番注目しているのは政務調査費の使用についてだと思います。そしてこれが一番怪しい使われ方をしていたのも事実です。と言うより未だに観光旅行まがいの視察が横行したり、家族との食事が政務調査になったりしている他の自治体の議会もあるようです。
中々一般の人には解りにくいのですが、政務調査費とは、読んで字のごとし政務調査に使われる費用のことです。
県会議員は報酬といういわゆる給与をもらってますから、それで賄えばいいじゃないかと言う意見もあります。しかしあくまでも報酬は報酬、政務調査費は政務調査費です。議員を一人親方(ひとりおやかた)の会社と考えれば、言わば政務調査費は経費に当たる部分です。
例えば県会議員が仕事を自宅のお茶の間でしているなら事務所代は必要ありません。
しかし、まがいなりにも事務所というモノを持てばそれなりに経費はかかります。

私の父が県会議員だった頃は、かなりいい加減で事務所など持ってない県議さんがほとんどだったとお聞きしました、しかし今ではよほどのことがない限り事務所を持たずに仕事をすること自体は不可能です。
それでも難癖をつける人もおり、「県議に事務所は必要ない」と言い切る、まさに常識を疑ってしまう珍しい弁護士さんもいましたが、そうなれば仕事もしなくても良いという事と裏腹になってしまいます。

ともあれ政務調査費は経費と考えればご理解いただけるかと思います。
従って飯田の県議さんが長野市の県庁まで政務のために行くなら、その費用も政務調査費によって賄われます。しかし長野に行く理由が友人の結婚式だったりすればそれは政務調査費を使ってはいけません。この境が明確になっていれば問題はありません。
ところがこれがまた面白い人がいる者で、この経費を報酬の一部と見なすと言う解釈をして政務調査費と報酬を合算して引き下げようとした、むちゃくちゃな、オタク趣味で有名な経済アナリストがいました。

余談ですがそれ以来このいい加減なアナリストを私は一切信用しなくなりました。十分な説明もきっとされないで出した結論なのでしょう、長野県議会という片田舎のおっさん相手にかなり手を抜いた仕事をしたのだと思います。当時の知事と太鼓持ち県職員に頼まれてね。ダメですねこういう人物は。

話がそれましたが、ともかく情報公開では長野県議が一番だそうです、しかしそれにとどまらず、もっと公開度を上げて、しかも県民が納得いく仕事をしてほしいものだと思います。

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2008年4月14日 (月)

一年目の春

ちょうど一年前の日曜日 県議選が行われた日でした。この日の朝自民党に借りていた街宣車を返却に長野に来ていました。朝箕輪を出て友人と2台の車で長野まで来て、自民党に車を返してトンボ帰りで帰ったことをよく覚えてます。
県連にお邪魔したら湯澤局長さんがお見えになり、「清水さん最後はかなり厳しいかもしれない」と仰って、最終的な票が動いたかもしれないというお話をおうかがいしたのものこの日の午前中でした。

とても暖かい日でいい天気だったのを覚えてます、そして県庁の前でかつて議会事務局にいて、私が初めてなった土木委員会でお世話になりとても気があったM職員さんとばったりお会いしたことも覚えてます。あれから一年が経ちました。

昨日は同じように長野市にいました。
以前にも書きましたが昨日アマチュア無線の2級の国家試験が長野市内であり、受験に行ってました。
議員会館の近くの教育会館が会場で行われました。
選挙と試験では大分違いますが、あの日まさか次の年にはアマチュア無線の国家試験を同じ日に受けているとは想像だに出来ませんでした。

小泉元首相ではないですが、ま坂(さか)を考えれば 何が起きるか解りません。
議員会館の庭の桜がとても綺麗でした。

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2008年4月10日 (木)

党首討論

今日は2本目のアップです。このブログ始まって以来です。

昨日の党首討論は面白かったですね、福田さんの人間的な面が良く出ていました。
そして小澤党首の主張も理解できる部分もありました。
特に今の日本は官僚社会になっている、官僚支配から脱却して政治が主導権を持つ国にならなければならない。と言う趣旨だったと思います。
この事については私は全く異論はありません。このブログでも何度か書いてますが、官僚主導では政治はますます国民から離れていってしまうと。

小澤さんの主張はもっともですが、では現実はどうでしょう?例えば大臣は恐らく1年以上同じ人が務めていると言うことは希です、まして副大臣や政務官などは言わばハクをつけるための通過的な職であり、現実そんな政治家がトップに立てば官僚の手助けがなければ各省庁の運営は出来ません。
従って現実の政府の運営は官僚の皆さんがいないと動いていかないのは事実です。

小澤さんの言うように一切官僚の支配を排除する、でもこの問題は現実は官僚に問題があるのではなく、政治家に問題があるのではないでしょうか?例えば国交省が向こう10年間59兆円の道路建設の計画を打ち出しました、その時に「おいおいちょっと待てよ、いくら何でもそりゃおかしくないかい?」というのは国民といつも接している政治家であるべきで、それが政治家である冬柴大臣の仕事だと思うのです。
ところが大臣は国交省の省益を守る発言ばかりを繰り返します。恐らく立場が変われば違う意見をお持ちだと思うのですが。

つまり官僚は黙っていれば自身の仕事を確保しそして予算を確保していこうとします、しかしそれが本当に国民のためなのか、それで良いのか そのチェックを政治家がしなければなりません。その機能が十分に働いていにのが今の日本だと思います。

戦後の混乱期をここまで押し上げてきたのは勤勉な国民と優秀な官僚機構のお陰だと思いますが、これから先の日本は同じシステムでは動かないと思います。
国全体の目標が明確な時代ならそれも良いのでしょうけど、地域 地域で住民のニーズは大きく異なりよりきめ細やかな行政システムが求められる中、中央で日本を一律にコントロールしようとする官僚システムはその役割を終わったと思います。
それに変わって政治が主導権を持って行かなければならないのですが、それが出来ていない今の日本。
昨日の党首討論を聞いていてそんな思いをしながら見ていました。

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大荒れの聖火リレー

この夏開催の北京オリンピックの聖火リレーが世界各地で大混乱になっています。
ロンドンから始まって、パリでは4回も成果が消されたとの報道でした。私が知っている限りでは聖火が消されたと言うのは初めて聞きます。
この混乱の原因はチベットの問題です。チベットを中国の一地域だという中国政府と独立を求めるチベット人の皆さんとの対立がその原因です。

冷静な世論はオリンピックの聖火リレーというセレモニーを理由はどうあれ暴力的なやり方で妨害するのはいけないことだ、と言う方向ではまとまっています。
しかし、この時とばかりにチベット問題をアピールしたい側は簡単にそうですかというわけには行かないようです。

そしてその聖火リレーが長野市にやってきます。善光寺を出発して駅から長野オリンピック関連施設を巡るルートでリレーが行われるようです。
長野市と長野県警は万全の警備体制で臨むものと思われます。
担当者の方々はこの問題が起きるまでは言わばお祭りムードのリレーだったのが一転して緊張感がピリピリと漂うリレーになってしまいました。本当にご苦労様です。

私は個人的にはチベットは中国とは別の国だと思います。もちろんそれほど詳しい勉強をしての事ではないので、知っている限りの知識で言えばと言う範囲ですが。
しかし我が国の首相である福田さんは少々違うようです。「この問題は中国国内問題だから」という言い方で対応してます。果たしてそれで良いのでしょうか?

恐らく国際社会でこの問題を中国国内の問題と公に語っているのは福田さんぐらいではないかと思います。対中国批判をする気持ちはありませんが、現状を見てもう少し冷静にコメントするのが一国の首相としての立場と思います。
親中国首相と言われる福田さんですが、このコメントは多くの日本人の感情とも少々離れているという気がします。

ともあれ何があっても聖火リレーにはいかなる妨害があってもいけないと思います。政治的な主張は主張で大いに結構、でもオリンピックは、聖火リレーはそれを持ち込んではいけないイベントだと思います。この期に世界にアピールしたいと思うなら平和的に、非暴力的に世界各国から共感を得るようなアピールをすることがチベットの皆さんの意見を一番世界に主張しアピールできることになると思うのですが。

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2008年4月 8日 (火)

経済減速?

新年度に入りここ数日は得意先へ訪問を続けています。
ここ数ヶ月アメリカのサブライムローンをきっかけに急速に経済が減速していると言う実感をおぼえました。
本当に実体経済が落ち込んでいるのか若干疑問もありますが、少なくとも設備投資や消費は落ち込んでいるように思えます。

特に企業の業況はここ一段と落ち込んでおり、3月決算の数字は昨年度は前半は良いものの後半はかなり落ち込み厳しい数字が出てくると思っています。
加えて原材料高が拍車をかけ、我が社もそうですが、材料のコストアップ分が中々製品に反映しない状況が続いています。一気に上がった原材料もありますが、販売価格的に対する原材料費は多く見ても40%、一般的な製造業では30%を部品メーカーなどでは20%前後だと思います、であればこの原材料高は一気に効くと言うよりじわじわ確実に効いてくるという、まるでボディーブローのようなものかと思います。

もう一つは中国などへの仕事の流失が止まらないと言うことです、と言うか従来は国内で企画設計して海外で生産という流れだったのですが、最近では海外で企画設計そして生産と一連の流れが固定化しつつあるようです。EMIDASという中小製造業向けネットワークが作るの雑誌でもかなり中国を意識しています。日本の中小製造業を応援する雑誌でさえ対中国との関係でしか製造業は生き残れないと言う論調が見えます。
この現状にどう対処していくか、確かにコストで考えれば中国へのシフトは止めることは出来ないでしょう、でもそれでは今後の日本は没落してしまいます。中には製造業の時代は終わった、これからは金融やサービスだという人もいますが、しかしその金融やサービスの資本の部分は製造業が稼いだお金が元になっています。長期的に製造業の凋落は日本経済の根幹を崩壊しかねない課題を抱えていると思います。

そして長野県の産業構造から言っても製造業が頑張らないと他分野の産業まで落ち込むことになります、ここが正念場という気がします。
いつも書いているように行政がどこまで企業を応援出来るか? 分野によっては可能でしょうがほとんどの分野では行政が応援できる範囲はかなり限定的です。
そう言った中県は何をするか? 課題の多い商工行政です。

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2008年4月 7日 (月)

まだまだ続く混乱

暫定税率の行方は未だに混乱を起こしているようです。

ところでこの問題でどうしても解らないのは、暫定税率 「あり」 「無し」 の何で 0 1 つまり有りか無しかという議論になるのでしょうか。自民党でさえ来年度から無しという福田首相の“決断”を前提に動きは始めた様に思えます。

どうしてこの機会に日本全体の道路行政、例えば道路を造るための客観的な要件を考えるとか?少子化の中今後の道路行政はどうあるべきかとか?高齢化が進み高齢者のドライバーが増えていく現実に対応した道路作りとは? もしくはもっと現実的に 具体的な路線名でその建設の是非を考えるとか、どうしてそう言う議論が一つも起きず、やれ59兆円の道路建設ありきだとか、道路特定財源絶対維持だとか、はたまた特定であり暫定であるなら即廃止だとか。どうしてこう思慮のない意見ばかりが出てくるのでしょうか?
これでは内閣支持率は下がる一方ですが、さりとて小澤さんに首相になってほしいという国民も少ないのはよく解ります。

マスコミももう少しこの観点からこの問題をあぶり出せば、真の意味で道路特定財源と暫定税率の是非を議論できるかと思います。
存続か廃止か 確かに分かり易い議論ではありますが、では現実はそんなに簡単な社会なのでしょうか?
もう少し本質の議論をして、せめて「国家100年の計」とまでは言いませんがせめて30年後ぐらいまでの道路行政の根幹はどうするべきであるという議論があってしかるべきと思いますがいかがでしょうか?

国民はそれほど愚かではないと思います、「これからの日本を考えて、そのためにガソリン税が本則に加算されてかかります」と言っても、その理由が納得いくなら、多くの国民は協力してくれると私は信じています。
政治闘争になり権力争いになっている今の政治状況を一番アホらしいと思って見ているのは国民だと思います。

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2008年4月 3日 (木)

ガソリンスタンドの混乱

テレビは4月1日の午前0時にあちこちのガソリンスタンドの混乱風景を生中継していました。それもそのはずでこの混乱は前代未聞の事であり、今でも時々流されるオイルショックの時のトイレットペーパーを買いあさる主婦の映像と同じで、後世になってもこの日のことは流されるでしょう。

ところで民主党の幹部からは若干は混乱があったが、大した混乱はなかった との趣旨の発言が流されていました。
もちろん大混乱があったとは言えないだろうし、このコメントの後には問題は政府の無策が今回の混乱を招いた と言うようなコメントを出していました。
しかし全国のガソリンスタンドとしては大問題であり大混乱をおこしました。少なくとも暫定税率分の25円は在庫の量や販売量によるかもしれませんが多かれ少なかれスタンドで赤字覚悟の出費となっていることは間違いありません。
これだけ混乱と迷惑をかけて「大したことはない」という感覚は理解できません。

私には未だに民主党がいう暫定税率廃止で地方に回る0.6兆円はどうやって財源を作るか解りません。民主党はこの問題の答えは持っていないと思います。
かつてこのブログでも書いたように、しかしながら暫定税率をこのままで良いと言うことでは決して無いと思っています。少なくとも数年後にはこの税金のシステムは改めるべきであり、これからの道路政策を見直す良いチャンスであるとは思いますが、今年度からの廃止は各方面に大きな問題をや混乱を残すだけであり、国民にとっては目先の利益はあってもそのつけが必ず回ってくる今回の出来事かと思います。

いずれにしてもただガソリンが安くなると言うだけで喜んではいられない“その後の”課題を残した暫定税率廃止の現実だと思います。

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