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2008年4月21日 (月)

聖火ルート変更

北京オリンピックの長野での聖火ルートが変更されました。
この問題は以前にもちょっと書きましたが、中国のチベットに対する武力での弾圧に対して世界各地で抗議行動がおき、特に今全世界を回っている聖火リレーがその標的にされているようです。
チベットの皆さんにしてみれば、聖火リレーに合わせて抗議するというのは千載一遇のチャンスであり、世界にアピールする格好のデモンストレーションであることは間違いありません。
そして本来なら“お祭り騒ぎ”だったはずの長野市での聖火リレーがこのようなことから、まるで戒厳令以下のイベントになってしまいました。そして先日ついにリレーのスタート地点を予定していた善光寺がスタート地点を辞退しました。

ニュースも世論も反応はそれぞれで、善光寺のとった対応をほめる論調が少し多いかなと思います。しかし私はこの善光寺の判断を間違ったのではないかと思っています。

今回のチベットに対する中国の姿勢を非難する行動を過日善光寺は行いました。私はそれは良いと思ってます。武力を使って自治を求める民衆を弾圧する。歴史的な経緯もあって、必ずしも独立を求めているわけではない、自治を求めているのだ、と言うチベットの人たちに対して武力を行使したことは許されるものではないと思います。しかもその中心的な役割を僧侶が果たしたとなれば、仏教の流れをくむ善光寺が同調して抗議するのは理解できます。しかし、聖火リレーはこの事とは違うと思います。
少なくとも抗議をするからこそ聖火リレーは粛々と行う、世界に向けてチベット問題を大いにアピールするには、そういうやり方もあるのではないかと思います。
表現の本質で言えば、なんだか暴力に対して乱暴な理屈で対抗しているような気がします。もう少し次元が違う対応ができなかったのかと思います。

争乱の中で辞退するというのでなく、聖火リレーは行うが、チベットで起きたことについては我々は許さない、それをしっかりアピールする、そういったスタンスで臨んでほしかったと思っています。

それにしてもそこまでして聖火リレーは行わなければいけないのでしょうか?よく解りません。

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